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Category: 労働問題

  • 解雇予告手当

     労働基準法によって、解雇の30日前に予告するか、または30日分以上の平均賃金(予告手当)を支払って解雇するかを選択しなければならないことはご承知のことと存じます。  なお、予告日数は、1日分の予告手当を支払うことで、短縮できますので、例えば、15日分の予告手当を払って、15日前に解雇予告することは可能です。要は30日分の猶予は最低必要ですよということです。  この義務に違反した場合、使用者は6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます。  また、裁判を起こされると、予告手当の未払金の他に、それと同額の付加金(要は倍払いの義務)が課されることがあります。  問題は、解雇予告の日数や予告手当の支払い額が解雇日までの分に対して不足した場合に、その解雇は無効になるのか、それとも、一定の条件が整えば有効になるのかという点です。  この点については古い最高裁判例があり、「使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限り、通知後、30日間を経過するか、または通知後に予告手当の支払いをしたときは、解雇の効力がある」と判断されています。  この事案では、予告手当を払わずに解雇し、その後労働者から未払給与支払い等の裁判を起こされましたが、解雇通知から8か月後に、解雇予告手当と支払日までの利息を支払ったというものでした。  最高裁判例によれば、解雇通知を出す時点で、解雇日まで30日を切っている場合であっても、通知の日から30日が経過したら解雇の効力があり、その場合には、30日分の平均賃金を支払わなくてもよい(解雇の効力発生までの間の分は未払い賃金部分になります)。また、後日に不足日数分と遅延損害金(年14.6%)を支払えば解雇は有効になるわけです。裁判所の判決で言渡があるまでに必要な支払いを完了すれば、上記の付加金が認容されることも、ほぼありません。  これはかなり使用者側に有利な解釈となります。  しかしながら、解雇には、「正当な事由」が必要とされていますので、どんな場合でも、解雇予告さえ支払えば理由なく即時解雇できるというわけではないことに注意が必要です。詳しくは次回に解説致します。

  • 退職の意思表示について

     今回は、始めに、裁判になった実際の事例を示します。  事例(最高裁判所第3小法廷昭和62年9月18日判決)  Aさんは、同期入社のBさんと某政党の班会議を組織して、会社に秘密にして活動をしてきたところ、組織からの脱退を考えたBさんが失踪してしまいました。  会社の人事課担当者が、Bさんの無断欠勤についての事情調査をしたところ、Bさんのお父さんが、失踪前日にAさんがBさんの自宅を訪問したことを話しました。会社は、Aさんに事実を確認しましたが、Aさんは訪問を否定しました。しかし、人事課担当者がBさんのお父さんにAさんの写真を見せたところ、間違いないというので、人事課担当者がBさんの部屋を調べたところ、某政党関係の資料が多数見つかりました。  そこで、会社は、Aさんに再度の事情聴取をしたところ、AさんはBさん宅訪問の事実を認めて、隠していたことを謝りましたが、某政党との関係は秘匿し、Bさんの失踪原因や行方に心当たりはないと答えました。会社は、Aさんに「B君の失踪事件に関するお詫び」と題して「他に隠し事はありません。Bさんの失踪とは無関係であることを誓います。偽りがあった場合はいかなる処分も甘受します。詫び書きの内容に偽りがあったことがわかった場合は会社の処分を受ける前に、潔く自分から身を引きたい。」という内容の文書を作成させました。  会社は、その文書を作成させた翌日、Aさんに某政党の資料を示し、Bさんの失踪との関係につき再度追及したところ、Aさんは政党の活動を秘密にしていたことを「偽り」にあたるとされても仕方がないと考えて、その日に人事部長にいったん退職届を提出しました。しかし、Aさんはその次の日、やはり退職はしたくないから、届けを取り消すと人事部長に申し入れました。人事部長はこれを拒絶しました。  以上が事件の流れです。  地方裁判所は、退職の意思表示が真意ではなかったので無効であると判断しましたが、高等裁判所は退職の意思としては真意であって有効であるけれども、退職届は人事部長のところまでで止まっており、会社としては退職の承諾まで決定していない段階だったと判断して、退職の撤回を認めました。  さて、いかがでしょうか。人事部長が退職届を受け取ったら、その時点で会社としても退職を認めたと考えるほうが自然だとは思われませんか。    最高裁判所ではその点が問題とされ、「人事部長に退職届受理の権原がないとか、退職届を受け取る際に単に預かるだけと示したような特別の事情がない限り、通常は人事部長受理の時点で退職が承諾されたと解される」と判断されました。  このように、退職届の受理という単純な問題であっても、本人の意思を確認し、承諾の有無をはっきりさせておかないと、思わぬ紛争になり、しかも裁判所によって判断が違ってくるという困った問題になることがあるのです。  いろいろな物事を法的に合意するためには、講学上、「勧誘」「申込」「承諾」の3つのステップがあると言われています。  勧誘とは、申し込みしませんかと誘うことです。退職でいえば、「退職勧奨」「退職募集」などですね。  申込とは、契約をしたいという自分の意思を相手に伝えて、相手の承諾を求めることです。退職で言えば、退職への応募とか退職届の提出ということになります。  承諾とは、相手の意思を確かめて、こちらの希望する契約内容と合致していれば、合意成立を了解するということです。退職でいえば、退職届の受理とか、退職手続の開始ということになります。  これらのうち、申し込み・承諾の内容が具体的にどうだったのかが明確になっていないと、「言った言わない・決めた決めてない」のやっかいな紛争となって現れてくることになります。  何事も、きちんと相手の意思を確かめて、当方の意思を明示するということが法律の世界では重要になってきます。

  • 労働法:懲戒権の行使にあたっての判断思考

     最近の就労環境は人手不足が言われており、人材の流動性も進んでいます。  他方、企業側は、そのような環境のなかでも、一旦雇用した従業員の雇止めをすることは、そう簡単にできることではありません。しかも、最近では、対人関係で問題を抱えている人や、精神疾患や器質性疾患を抱えていて会社に知らせていない人など、他の従業員との人間関係や職場環境への適応がうまくいかない人たちが増えているのではないかと思われます。。  ある弁護士が、そのような従業員のことを「現代型問題社員」と名付けていますが、確かに、昔のように、社内で政治活動や選挙運動をするような人たちとは、対応のしかたが違ってくるように思います。  ひとまず、今回は、使用者の懲戒権の行使について、古い裁判例を参考にして、ごく基本的な部分を解説します。  使用者は、労働者に対して、法的に有効な範囲で懲戒権を行使出来ます。違法になると、民事的には損害賠償の義務、刑事的には強要、強迫、暴行等の責任を負うことがあります。  従業員の政治活動が問題となった関西電力事件(昭和58年最高裁判決)では、「労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって使用者に対して、労務提供義務を負うと共に、企業秩序を遵守すべき義務を負い・・・使用者は、制裁罰である懲戒を課することができる」と述べています。  ただ、どんな懲戒処分でも自由にできるかというと、そうではなくて、上記最高裁判決は、「企業秩序は、通常労働者の職場内または職務遂行に関係のある行為を規制することにより維持しうるのであるが、職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であっても、企業の円滑な運営に支障を来す恐れがあるなど企業秩序に関係を有するものもあるのであるから、使用者は、企業秩序の維持確保のために、そのような行為をも規制の対象とし、これを理由として労働者に懲戒を課することも許される。」と述べて、「職場外でされた職務遂行に関係のない行為」に対して、相当性・関連性を審査する態度を示しています。  関西電力事件では、従業員が会社の社宅に会社を誹謗中傷するビラをまいたという案件でしたが、それに対して、譴責処分を与えたことは適法だとされました。  別の事件では、無断欠勤を理由に懲戒解雇し、その後、裁判の中で、履歴書の虚偽記載(57歳のところ45歳と年齢詐称)が明らかになったので、それを懲戒解雇理由として追加したという事案は、地裁では解雇有効と判断されましたが、高裁と最高裁で解雇無効と判断されました。  その他、今日までの間に、大変多くの裁判例がありますが、法律家的発想では、「懲戒の対象となる行為の程度と、それを対象とする懲戒処分の内容とが、社会常識的にみて、均衡を保っているといえるかどうか」を判断しています。  経歴詐称に関しては、もう一つ最高裁の著名判決があります。学生運動の活動家だった者が、大学中退を高卒と偽って入社し、無許可で社内にビラ配布をした件で懲戒解雇になったという例です。このケースでは、採用面接時点で刑事被告人として公判中だったことも隠していたようです。前科前歴の有無等、自己の不利益情報について、(道義的にはともかく)資格要件等でない限りは、法的に自己申告の義務まではありませんし、現代刑事裁判は、判決が確定するまでは「無罪」であるという前提で動いていますので、公判中であることはなおさら申告しなくても差し支えないといえるでしょう。  結果的には、このケースでは解雇が有効とされていますが、もし刑事被告人になっていなくて、社内での目に余る政治活動もなく、大卒の学生運動活動家だったことを隠す学歴詐称だけで解雇して有効かと言われると、微妙なケースと思います。    懲戒権の行使は、解雇の有効・無効につながる非常に重要な局面ですので、無益な裁判を避けるためにも、事前に慎重な検討をされることが必要と考えます。

  • 通勤災害について

     以前、労働災害のうち、「業務災害」について説明しました。労働者災害補償保険法では、「通勤災害」についての補償規定も置いています。  通勤災害とは、就業に関して、住居と就業場所との間を、合理的な経路・方法により往復中に生じた災害のことです。  会社としては、従業員の安全管理上の問題として、従業員に対して、どのような交通手段をとって会社まで出てきてもらうのかについて、具体的に合理的と考えられる指示をすることが出来ます。例えば、公共交通機関の利用指定、自転車・バイク・自動車等による私有手段での通勤の可否などです。  ただし、会社が認めていない通勤方法で通勤していて事故にあった場合でも、その経路・手段が合理的である限りは、通勤災害になります。例えば、自動車通勤を禁止している会社で、会社に無断で自動車通勤して交通事故にあった場合にも通勤災害扱いになり得ます。なお、そのような場合に、会社の服務規程違反として懲戒することは問題ありません。  通勤災害になるかどうかは、労基署が判定しますので、会社が直接この問題に関わることはありませんが、労務管理上の知識としては押さえておく必要があります。  裁判例ではいろいろな点が問題となっていますが、要は、「経路からの逸脱中断がなく、手段が通勤として合理的かどうか」のところが争われます。 例1)経路上にない場所への寄り道  経路上(複数可)であれば問題ありませんが、経路をはずれて寄り道をすると、その寄り道以降の分は通勤災害にならないのが原則です。ただし、日用品の購入や保育所への送迎、公選の投票などは例外として、経路の逸脱になりませんので、その後の分は通勤災害扱いが可能です(寄り道中の分はいずれにしろ通勤災害対象になりません)。 例2)渋滞を避ける為に遠回りした場合  渋滞を避けることは合理的経路と判断されます。経路が複数あってもかまわないので、いつも必ず同じルートを通ることが必要ということではありません。 例3)取引先の接待を受けた後の帰路  就業に関して発生する移動でなければ通勤災害になりませんので、休日の取引先主催の接待ゴルフの行き帰りは通勤災害と認められない可能性もあります。会社主催の歓送迎会等については就業に関するものとされ、業務に関する会合に出席して懇親会に出た後の帰路でも通勤災害を認めた裁判例があります。 例4)単身赴任者が現住所でなく、家族の住む場所から通勤した場合  原則として、自宅と就業場所の往復でなければ通勤災害と認められませんが、単身赴任者が家族の住む場所から直接出勤してくるケースでは、自宅からの経路でなくても通勤災害と認められる場合があります。 例5)出稼ぎ者が帰省先から会社の寮へ帰る場合  会社の寮は就業場所ではないので、原則として通勤災害になりません。直接会社へ来る場合には単身赴任者の例に近いので、通勤災害になる可能性があります。裁判例上では、建築会社の事案で、会社の寮が工事現場にあったことから、出稼ぎ者の実家から寮への帰路上の災害を通勤災害として認めた例があります。 例6)いわゆる直行直帰や出張の場合  就業場所が社外にある場合でも、その場所までの往路・復路が合理的であれば当然通勤災害として認められます。出張の場合にも往復の合理的な経路・手段であれば通勤災害になります。 例7)通勤途中に強盗被害に遭った場合  このような場合には、実務上、判断が分かれています。  平成7年のオウム真理教によるいわゆる「地下鉄サリン事件」では、被害者に通勤災害が認められていますが、通勤途上を待ち伏せされてオウム真理教信者に殺害された事案では、通勤災害が認められませんでした。 例8)派遣社員が派遣元から派遣先へ移動する場合  行政の解釈では通勤災害ではなく、業務命令の存在を前提とする業務災害として認定されます。自宅から派遣先への通勤は通勤災害です。

  • 労災(業務災害)の適用範囲について

     労災と聞いてどのようなことをイメージされるでしょうか。  工場の機械での怪我や、高所からの転落、配送中の自動車事故などが業務災害の典型例ですが、最近では、職場の安全配慮義務が問われるケースとして、過労による心筋梗塞や脳出血、精神疾患による自殺まで幅広く業務災害性が認められる例が増えています。  肉体労働系の職種でなくても、あらゆる職域で労災が発生する危険があるといえます。経営者としても、認識を改める必要があるでしょう。   「業務災害」とは,「労働者の業務上の負傷,疾病,傷害又は死亡」のことであり,業務災害といえるためには,「業務上」の負傷や疾病等である必要があります。 「業務上」とは業務と負傷等との間に法的な因果関係があることです。 因果関係を判断するためには、「業務起因性」と「業務遂行性」が必要だと言われています。 「業務遂行性」とは,「労働者が事業主の支配ないし管理下にある状況で事故にあった(疾病が生じた)」という意味です。(1)事業所内で業務に従事している最中に生じた災害や,(2)同じく事業所内ではあるものの,休憩中・始業前・終業後の行動の際の災害が含まれます。さらに,(3)事業所外で労働しているときや,出張中の災害(出張中は交通機関や宿泊場所での時間も含む)も含まれます。  これらを除くと,業務遂行性が認められないのは,通勤途上(これは通勤災害として労災補償対象になります)と事業所外での任意の親睦活動や純粋な私的行為中のものに限られてきます。 「業務起因性」とは,「業務遂行に伴う危険が現実化した結果の事故(疾病)といえる」という意味です。 上記(1)の場合には,原則として業務起因性が認められますが,自然現象・外部の力・本人の私的逸脱行為・規律違反行為などによる場合は認められません。例えば,大工同士が喧嘩をし,一方が死亡したという事案で,最高裁は,喧嘩の発端は作業内容に関する指摘行為にあったものの,災害(死亡結果)自体は被害者の挑発的行為(私的逸脱行為)が原因であり,それは業務に随伴する行為とはいえないため,業務起因性は認められないと判断しました。 (2)の休憩中等の場合は,生理的行為や移動行為は含まれますが,スポーツによる負傷等は原則として業務起因性が認められていません。 (3)の場合については,特に出張中の災害が問題となります。出張は事業主の指揮命令に基づくものなので,原則として事業者の支配下のものとして業務遂行性が認められますが,その一方で,出張中に私的な行為が行われることもあるため,業務起因性が問題になるのです。  例えば,「出張先で仕事を終え,宿で酒を飲みながら夕食をとった後、酔いが回って階段から転倒し頭を強打し,それが原因で約1か月後急性硬膜外血腫により死亡した」という事案で,トイレからの帰りの際,間違えてトイレの履物を履いてきたことに気づき返却のためにトイレに向かう途中の事故であったのであり,被害者が業務と全く関連のない私的行為や恣意的行為ないし業務遂行から逸脱した行為によって自ら招いた事故として業務起因性を否定するべきとはいえない,と判断し業務起因性を認めた裁判例があります(福岡高裁)。  その他の裁判例では,長期出張中の同僚の送別会の後に溺死した事案や、出張先で接待を受けた後に入浴中に心臓麻痺によって死亡した事案など,飲酒を伴う事故については,業務起因性を否定する判断のほうが多いようです。  階段から転倒した福岡高裁の事案で業務起因性が認められたのは,出張先での食事の際の程度の飲酒をもって,業務と全く関連のない行為とはいえないとの考えによるのではないかと思われます。  しかし,どのような飲酒の仕方であるなら業務と全く関連のない行為であり業務起因性が否定されるのか,といった判断は事案によっては難しいものになると考えられます。  飲酒の嗜好がある社員を出張させるときは、羽目を外さないように、釘を刺しておく必要があるかもしれません。

  • 年次有給休暇

     有給休暇制度は、個々の労働者ごとに一定の条件が備わった場合には、当然に付与しなければならない法律上の制度です。労働者との合意であっても、有給休暇を一切認めないことはできません。  現行法では、6か月以上勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、勤続年数に応じた日数(最低10労働日)の休暇を与えなければなりません。短時間のパート勤務者でも、1週の所定労働日数が5日以上か、週の所定労働時間が30時間以上あれば、正社員と同じ扱いです。この基準未満の場合でも、所定労働日数に応じて正社員よりも少ない日数の付与をする必要があります。  行政解釈では、休暇は1日単位で与えればよく、午前だけとか午後だけの指定に応じる必要はないとされていますが、会社側から任意に時間単位の休暇を認めるのは差し支えありません。ただし、時間単位での付与を認める場合は、労働者代表との間で協定を締結することが必要です。  労働者から年休取得の要求があった場合には、使用者側から取得時期を別の機会に変えるように求めることはできます(時季変更権といいます 労基法39条5項)。しかし、この時季変更権は、やむを得ない場合にだけ行使すべきとされているので、むやみに変更を指示すると、違法な制限だとして無効を主張される可能性があります。従って、どうしても代替人員が確保できない事情がなければ、基本的には労働者の申し出通り認める必要があります。  特に、国際的に、日本の「過労」が取りざたされ、その議論のなかで年休取得率が低いことが労働者団体側から問題にされたため、「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(平成17年改正前は労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法)」という法律が作られています。この法律は、事業者に年休を取りやすい環境を整備する義務を規定しています(2条)。平成20年にガイドラインも改訂されています。  罰則規定はありませんが、会社の業務の品質は、システムとそれを運用する人材によって決まります。  品質が落ちるとクレーム対応などで、生産性・収益性も下がります。  従業員が働きやすい環境を作ることは、人材の確保のためにも企業戦略として重要ですので、従業員のワークライフバランスには経営者として、配慮を欠かさないようにしたいものです。

  • 労働者代表

     前回は、労働時間の制限についていくつかの例外があることを説明し、時間外労働のことに触れました。  そのなかで、いわゆる36協定を「労働者代表」との間で締結すると説明しました。労働者代表との間で締結する協定等は、時間外のほかにも、変形時労働時間制・フレックスタイム制・みなし労働時間制等の協定があります。  問題は、労働者代表をどうやって決めているかという点です。  最高裁トーコロ事件(写真印刷業)では、36協定を締結した際に、会社が労働者代表としていた者が、「労働者代表」ではないとして、36協定は無効であるから、時間外労働の命令は違法であり、その命令に背いたからといって解雇したのは無効であるとして争われました。  ある調査によれば、実態として、従業員代表の選任方法は、社員会等の代表者が自動的に就任するものが約2割、事業主が指名するものが1割強ということだったそうですが、裁判例からすれば、そのような選任方法では、無効になる可能性が極めて高いといわざるを得ません。  裁判例では、社員会は単なる親睦団体であって、たとえ選挙で会長が決まっていても、自動的に労働者代表ということにはならないとされたものがあります。  もし従業員の過半数を組織する労働組合があれば、その代表をもって労働者代表としてもいいのですが、そのような労働組合がない場合には、まさに全従業員の過半数の意見を代表する者を、「民主的手続」で選任する必要があります。  昨今、労働組合の組織率は低下しており、事業場や企業ごとの従業員による労組ではなく、地域ユニオンや管理職ユニオンのような一般労働者組織への加入者も増えてきていて、労働基準法が要求する意味での「労働者代表」を、簡易に確保できないのが現状です。  しかし、現行法上では、民主的手続により選出された労働者代表を相手として各種の協定を締結しなければ、最終的に、企業側が痛い目に遭うことになってしまいますので、各種の協定に当たっては、いまいちど、「労働者代表」として適切な者との間で締結したといえるのかどうかを、しっかりと考える必要があるでしょう。

  • 労働時間規制

     労働基準法は、労働時間の上限を1日8時間以内、週40時間以内と定めています。これを守らないと、使用者には刑事罰(6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金)があります。  しかし、一方でこれを超えても働かせて良い例外を作ることも出来ます。この例外を適用するためには、いわゆる「36(サブロク)協定」という協定を、労働者代表と締結し、労基署へ届け出ることが必要です。  そのほか、変形労働時間制という制度があったり、休日や休暇についても細かい法規制があったりして、労働時間法制は非常に複雑になっています。それらについては必要になった都度、社会保険労務士や弁護士へお問い合わせ下さい。  今回は、「労働時間」ってなに?という点を主に解説します。  現場でいろいろと問題になる「労働時間か否か」の事例としては、朝礼・始業前の掃除・着替・入門から事業所への移動時間・短時間の休憩・待機時間・終業後の清掃・夜勤者の仮眠などがあります。  法律で個別に決まっているわけではないので、裁判例上では、最高裁判所で次のような一般論が基準として示されています。 「労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まる」「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務づけられ、またはこれを余儀なくされたときは、当該行為は、社会通念上必要と認められる時間について、労働時間に該当する」(平成12年三菱重工事件)。「不活動仮眠時間について、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていてはじめて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる」(平成14年大星ビル管理事件)。  例によって、基準としては一般的すぎて具体性がなく、個別のケースで判断に迷うこともありますが、基本的には、「労働者が労働のために拘束されているかどうか、労働からの離脱が自由かどうか」で考えるとよいでしょう。  たとえば、朝礼は業務そのものなので、労働時間に入りますが、始業前の掃除については、各社員が自分の周りだけ自発的に掃除する分には労働時間といえないとしても、会社の業務命令で会社のトイレや敷地周辺などの各社員の持ち場でないところまで掃除させるような体制は、労働時間内といえるでしょう。また、着替えや移動といった時間はほぼ労働時間に含めます。労働基準法上の休憩とはいえないごく短時間の不連続休憩や、作業中の手待ち時間なども特殊な事情がない限りは労働時間に含めます。夜勤中の仮眠については、仮眠室が決められていたり、仮眠中でも緊急時には対応の義務を負うなどの制約がある場合には、労働時間に含める必要があります。それらの時間が労働時間に含まれることの意味は、時間外割増賃金の計算に反映されてくるという点ですので、労働時間管理はしっかりとしておく必要があります。  ちなみに、労働時間の作業密度によって、賃金に差を設定することは、合理的な範囲内であるかぎり合法です。従って、作業密度の低いものと高いものが混在するような勤務形態(仮眠付き夜勤)のような場合には、仮眠中の時間給と起床中の時間給に差を付けることは可能といえます。

  • 賞与・退職金

     賞与も退職金も賃金の一部であり、いずれも金額が大きい場合が多いので、支給にあたっては、いろいろな法的紛争の元になり得ます。どちらも就業規則に規定がなければ、事業者側に支払いの義務は発生しませんが、多くの場合、就業規則で支給をうたっています。  まず、賞与について、比較的多いトラブルは、「支給日時点で在籍している場合に限り支給する」という就業規則に基づく不支給の例です。  賞与は、一般には、支給対象期間の労働に対しての「給与の後払い」だと考えられていますが、他方、賞与を支給するかどうかは労働契約上の合意の問題であって、支給日に在籍していない者には支給しないとする合意そのものは有効だとされています。  そのため、支給日直前に退職した人に、賞与を支払わないことが適法かどうかが問題となります。裁判例では、任意退職者の場合は、自分で退職日を選択出来るから問題ないとし、会社都合退職の場合には、自分で退職日を選択できないから、日割計算等によって、支払いをすべきだとするのが一般的です。懲戒解雇などの場合でも、特段の取り決めがなければ日割計算すべきですが、就業規則中に懲戒解雇者への賞与不支給を定めておけば、一応それによります(後日法的紛争になって、不支給が適法とされないケースはあり得ます)。  他方、会社の都合で賞与支給日が変更された場合には、本来支給すべき時期の在職者には支給しなければならないとされています。また、前回説明した年俸制の場合のように、期間中の賃金が総額で決められていて、賞与月が平月よりも多く設定されているようなケースでは、当然ながら在籍日までの日割により給与・賞与を支払う必要があります。  次に、退職金については、「給与の後払い」の性格と「功労報償」の性格があると言われています。この考え方の賞与との違いは、懲戒解雇された者には退職金全額を不支給とするとの就業規則の効力に影響します。給与の後払いであるからには、従業期間に応じて一定の金額が支払われなければなりませんが、功労報償であれば、懲戒により功労報償なしとすることは合理的です。  この点、裁判例では、20年間まじめに勤務した鉄道会社の会社員が、他社電車内での痴漢により2回も罰金に処せられたことを理由に、懲戒解雇した例で、退職金の3割を支給すべきとされたものがあります。  つまり、この裁判例では、給与の後払い部分もあるので、たとえ懲戒であっても、退職金の全額を不支給とすることは認められないとしたわけです。  一般論としては、どの程度の懲戒事由があるのかが問題とされますので、懲戒解雇した従業員に対する退職金の支給・不支給判断にあたっては、やはり対象従業員の納得する理由付けが必要と思われます。

  • 藤永田造船所(三井造船大阪事業所)船の建造履歴閲覧サイト

    裁判業務の関連で、大阪にあった藤永田造船所の船の建造歴を調査する機会があって、そのときにまとめた資料を整理して公開します。 元にしたのは、株式会社船舶技術協会発行の「船の科学」という廃刊になった雑誌です。 サイトのリンク https://www.uhl.jp/funenokagaku/index.php 実は、昭和34年~52年の期間中に、藤永田造船所の船殻部門で主に働いていた方を探しています。 造船所の船殻という仕事がどんなものだったのかが問題となっており、藤永田の下請けの実情をご存知の方から話をお聞きしたいのです。 藤永田造船所の下請(特に正丸工業・阿部鉄工・西原工業所)で働かれていた方がいらっしゃいましたら、この記事のコメントまたは当職あてメールにてご連絡いただければ幸いです。