Category: 労働問題
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交通事故賠償額表計算シート バージョンアップV3.1
交通事故賠償額を計算するための、マクロ使用の表計算シート(Microsoft Excel用) tracalcuです。 変更部分 * 「既払」タブで労災の相殺計算ができるようになりました。 * 入通院慰謝料(黄色本)計算のバグを修正しました。 * 令和元年生命表を反映しました。 * ファイルのハッシュ値(SHA512) 778A64F606A323686D98126B74DC18DB3022B1DE4092E5A6E7FCB7B96D0D77D3A7A8145CA3D561103F159E73204E863EAFC61FA1C4A1113C37C54178BDE4CB30
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示談書の書き方について
示談書の目的は、一定の紛争状態について、当事者が一定の合意をして、その紛争を「完全に」終了させることです。 そのため、①紛争を完全に終了させない合意書は、「示談」というより、「覚書」「確認書」というべきであり、②「示談書」である限りは、どの範囲の紛争に適用するのかを厳格に特定する必要があります。 示談書の内容を順に検討してみましょう。 1 タイトル 「示談書」「和解書」「合意書」いずれでも結構です。ただし、上記の通り、中間的な合意は「覚書」「確認書」と表現されることがあるので、最終の合意であることを示す意味では、「示談」「和解」のタイトルがよいです。 2 頭書き 示談書に署名する当事者を列挙して、それらの者の間の合意であることを確認します。その際、主に権利を主張する側を甲、義務を負う側を乙とし、その他の関係者には、順次丙・丁(ヘイ・テイ 普段使うのはせいぜいここまで、以下・戊・己・庚・辛・壬・癸 ボ・コ・キョウ・シン・ジン・キ と続きます)と符号をつけると後の記述が楽です(ただし、混乱して表示を間違わないようにしましょう)。 3 各条項 (1)案件の特定 まず、その示談書が何の解決のために作られたのかを明示します。事件・事故の場合は、5W1Hで、対象を具体的に特定します。 この特定が重要なのは、最終条項で、「本示談書に定める条項のほか、本件に関し、当事者間に一切の債権債務のないこと」を確認するときに、「本件」として引用されるためです。 たとえば、当事者甲・乙の間に、全然別のA事件とB事件があって、それぞれ紛争になっている場合、A事件の示談書で、「・・・条項のほか、当事者間に一切の債権債務のないこと」と記述して「本件に関し」の部分を書かないでいると、最悪の場合、B事件のほうもその示談書で解決済みと扱われても仕方がありません。そのため、「本件に関し」を入れるか入れないか、よく考えて決定する必要があります。 (2)権利の行使条件 示談書は、単なる当事者間の約束事に過ぎず、公正証書にしない限り、裁判なしでは強制執行ができません。また、公正証書にした場合であっても、強制執行できるのは金銭給付請求部分のみであって、建物の明け渡しや、物の引き渡しを強制することはできません。 内容があいまいであったり、違法が含まれていたりして、公正証書にできないようなレベルの示談書を作成してしまうと、後に違約があった場合の対応措置が制約される危険性があるので、権利義務の内容や、行使の要件などは、民法・商法・会社法その他の法令に適合し、かつ一義的に特定できるように記述し、誰から見ても同じ意味での解釈をされるように留意する必要があります。 (3)違約時の対処 違約があったらどうするかを事前に完全にカバーすることは結構難しい問題です。しかし、合意なしに法的に主張できる制裁手段は非常に限られているので、話し合いができるうちにできるだけ有利な条件設定をしておくことは有効です。 (4)包括的清算条項 「示談書」完成時点では、原則として、当事者間のすべての債権債務関係の清算が合意されている必要があります。一般には、「相互に請求を放棄」「その他の債権債務なし」の二つのセンテンスで権利関係をリセットします。 (5)日付・署名 日付は原則として作成日です。持ち回りなどで署名時期がずれる場合は、最後の日とすればよいでしょう。 日付を遡らせることは可能ですが、当然合意が必要ですし、具体的な状況次第では遡らせることに意味がなくなるケースもあるので、事実と違う記述をするのはあまり好ましくありません。 示談書は最終合意で基本的には変更不可のものなので、慎重を期するためには、きちんと当事者が面談をして、その場で自署・捺印を確認するのが原則です。代筆や印刷では、後日信用性を争われた際に反証が難しくなる可能性もあるので、自署にしましょう。 (6)その他 契約ですので、各自1通づつ原本を持つのが原則です。ただ、印紙税の節約のために、一通だけを作って、債務者にはそのコピーを控えとして渡すという方法もあります。 合意書のなかでもっとも難しいのは、上記(2)の書き方です。これは、法律の体系をきちんと理解していないと、正確な記述をするのが難しい部分ですから、示談前に専門家にチェックを依頼していただくほうがよいでしょう。
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9月24日 全国一斉公益通報110番
来る9月24日、弁護士会では、公益通報・内部告発等に関する全国一斉電話相談を実施します。 勤務先や取引先で行われている違法行為や不正の内部告発・公益通報をお考えの方、告発・通報を行ったことで被害を受けている方のための電話相談です。詳しくは、日弁連WEBで! 本日、大阪弁護士会の司法記者向け広報で、案内をさせていただきました。 組織内部の不正で心を痛めている方にとって、何らかの救いになることを願っています。 若干、お話ししたことの要旨を補足しておきます。 まず、公益通報者保護法制定来の経緯については次の通りです。 平成16年6月 公益通報者法保護法制定 平成18年4月 同施行 平成23年2月 公益通報者保護専門調査会とりまとめ 平成25年6月 公益通報者保護制度に関する実態調査報告書(消費者庁) 平成28年3月 公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会第一次報告 現況 公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会ワーキング・グループ 本来、施行後5年で見直しをするはずでしたが、専門調査会とりまとめでは、法改正を要する具体的な状況に至っているかどうか、さらに調査が必要とのことで、法改正なりませんでした。その後、消費者庁により、実態調査や当事者ヒアリングがなされ、現時点では、学者・弁護士を中心とするワーキンググループにより、改正案の検討がされている状況です。 弁護士会の立場は、「公益通報 弁護士会 意見書」で検索していただければ、いくつかの意見書や会長声明がヒットしますので、そちらをご参照ください。要するに、多くの点で現行法の改正が必要であるとの意見です。 公益通報者保護法施行来、たくさんの内部告発事件がありました。そのうち、通報者が不利益取り扱いを受けた主な案件には、次のようなものがあります。 平成18年4月 大阪トヨペット事件 平成19年6月 オリンパス浜田事件、神戸司法書士事件 平成20年1月 ピーエス三菱・北野建設共同企業体事件 平成20年10月 島根自治労自動車共済不正事件 平成22年9月 高松・金属工場不正事件 平成22年12月 千葉県がんセンター事件 平成24年3月 秋田書店事件 問題は、それらの通報案件で、通報者は、通報後に様々な不利益取り扱いを受けてきていながら、公益通報者保護法が直接的に役に立った事案は皆無といってよく、通報者は告発後に所属する組織の攻撃から身を守り、権利を回復するための困難かつ長期の戦いを強いられている現状にあることです。 消費者の生命身体財産を守るために組織内の不正をただそうとした正義の人がここまで虐げられていいのかと、日ごろ相談を受ける立場として切に思います。 9月24日は全国一斉一回限りの電話相談ですが、大阪弁護士会では、毎週月曜日の正午から午後2時まで、電話相談を実施しています。 弁護士や組織の内部窓口以外(監督官庁やマスコミ)に通報内容を含む相談をしてしまうと、公益通報者保護法による保護が受けられない(それ自体が大きな問題ではあるのですが)危険が出てきます。 内部通報をお考えの方は、通報前にどのようなことに気を付ければいいのか、また、通報後に不利益取り扱いを受けている場合、どのように対処したらいいのか、まずは弁護士の話を聞いてみてください。
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ちょいコメ セクハラ・パワハラ
最近は、社内でのセクハラがあからさまに問題になるケースは減りつつありますが、クローズアップされつつあるのが、「パワーハラスメント(パワハラ)」です。これは、ブラック企業・ブラック社員とセットの問題です。ブラック企業とは、労働法規を守らないで、サービス残業をさせたり、商取引上の規制法を無視して違法な行為を社員に指示するような企業のことを言います。ブラック社員というのは、そのようなブラック企業のいわば手先となって、会社に対して違法行為をしないように要望してくる社員に対して、会社の意を汲んで、様々な嫌がらせをする社員のことを言います。 一昔前(高度成長期)であれば、もしかすると、そのような企業や社員は、「企業戦士」と言って、もてはやされたかもしれませんが、現在は、法令順守(コンプライアンス)や、ワークライフバランスなどが言われていて、いわゆる「モーレツ」が通用しない社会になりつつあります。 とはいえ、熱血的な事業経営、献身的な社員の働きは、草創期の企業経営にとっては、ある意味不可欠であり、そうでなければ、事業を大きく成長させることはなかなか難しいことも事実です。 このような社会環境と企業の成長努力とがうまくマッチングできるように、経営者や人事担当者は、パワハラや過労が起こらないよう、会社内の人間関係に気を配る必要があり、大変ではありますが、心構えはしっかりと持っておく必要があります。 労働者が働きやすいように、生命・健康を害さないような職場環境を保持することを、「安全配慮義務」と言います。この義務を十分に尽くしていないと判断されれば、万一、社員が病死したり、自殺したりした場合に、会社が巨額の賠償金を払わなければならないこともありますので、日ごろから、安全配慮義務を怠らないことが必要です。 では、具体的に、どんな「配慮」をすればよいのでしょうか。 まずは、「労働基準法の順守」です。違法な労働をさせていれば、そのことだけでも会社側には大きく不利益に働きます。 次に、社員の健康管理です。これは、いわゆる健康診断だけではなく、業務上のミスの急な増加や、欠勤・遅刻の多発などの精神的不調に関する見守りも含まれます。 厚生労働省が啓発用のパンフレット等を作成していますので、ご利用ください。 経営者にとっては、非常に重い課題ですが、現在の裁判実務上では、単なる上司個人の勇み足では済まされないので、たとえば、一般社員が産業医や臨床心理士などの専門家にいつでも相談できるような体制を作って、社員に告知しておくことが必要でしょう。
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競業避止義務
競業避止義務は、①在職中に使用者の不利益になる競業行為(兼職など)を行なわないこと、②企業において、誓約書や就業規則に含まれる特約(競業禁止特約)に基づいて,従業員の退職後に競業他社への就職や同業種の開業をしないこと、などを含む義務のことです。 従業員や元従業員が,同業他社への就職や同業種での開業をすると、せっかく育てた会社の秘密やノウハウが競争相手に漏れたり、取引先を奪われたりして商売に悪影響が生ずる可能性があります。このような事態を防止するために,競業避止義務を課しておく必要が生じます。 そもそも、従業員が在職している場合には,労働契約に付随する義務として,勤務先に対して誠実に職務を遂行する義務を負っています。このような誠実義務の一つとして,競業避止義務も含まれるので,在職中には誓約書や就業規則で特約を定めなくても,従業員に競業避止義務違反の責任を負わせることができます。ただ,万一の紛争を考えれば,競業避止義務の範囲を明確にしておくことが重要で,就業規則や誓約書で、競業避止特約を定めて、従業員にも認識させておくべきでしょう。 在職中の競業避止義務は労働契約に付随する義務ですので,労働契約が終了すれば,被用者の競業避止義務も消滅します。 そこで,従業員が退職後に競業を行った場合にも,元従業員の責任を追求するためには,就業規則等によって,退職後も競業避止義務を負う旨の特約を結んでおかなければなりません。 民法には「契約自由の原則」があるので,どのような内容の契約を締結することも,当事者の自由だという考えがあります。 しかし,競業避止義務特約は,職業選択の自由(憲法22条1項)を制限し,労働者の生存権を脅かすおそれがあると同時に,自由な競争を制限する性質がありますので,それらの制限にも配慮した合理的な範囲内で定めなければなりません。合理的な範囲を逸脱する内容を定めた競業避止義務特約は,公序良俗に反し無効になってしまいます。 競業避止義務特約が合理的な範囲内であると判断されるための要素としては,①期間の限定がある(最高で2年程度まで)、②地域を限定している(業種に応じて広狭はあります)、③業種や職種を限定している、④何らかの代償的な手当を支払うようになっている、⑤重要なノウハウに触れる特別な業務についていた、などがあります。企業としては,それらを参考にして、無効にならない範囲での競業避止義務特約を規定しておくことが肝要であると考えられます。 競業避止義務が有効かどうか争われた裁判例は数多くあります。 例えば、元従業員Yが,使用者であったX社で勤務していた際に研究員として得た知識を利用して,X社を退職した後に同様の製品を製造して,X社の得意先に営業をかけた事件で、X社が製品の製造販売を差し止める仮処分を申し立てたという案件があります。仮処分とは、損害の拡大を防ぐために、判決が確定する前に、とりあえず製造販売等の行為を止めておくための手段で、不正競争の場面ではよく使われています。 裁判所は、上に述べたような考慮要素を元にして、合理的範囲にあるかどうかを判断するのですが、この件では、「制限の期間,場所的範囲,制限の対象となる職種の範囲,代償の有無等について,X社の利益(企業秘密の保護),Yの不利益(転職,再就職の不自由)、社会的利害(独占集中のおそれ,それに伴う一般消費者の利害)の3つの視点にたって慎重に検討していくことを要する。」と述べ、「本件では,制限期間が2年間という比較的短期間であり,X社の営業が特殊な分野であることから対象の制限は比較的狭く,技術的秘密については場所的に無制限であってもやむを得ず,またYは在職中に秘密保持手当の支給を受けていた」ので、競業制限は合理的範囲だと判断しています。 競業避止義務違反が認められた場合には、競業行為を行った者に対して、損害賠償請求ができます。しかし、その場合の損害額の計算は、単に売り上げが落ちたことだけの立証では足りません。そのような主張をすると、他の要因での売り上げ減と区別ができることまで立証しなければならなくなります。そこで、多くの場合には、前使用者の営業上の秘密を用いてあげた利益そのものが,企業の損害であると主張して、相手の利益の資料を提出させることで立証とします。もっとも、この点についても、相手方が資料を出さない場合や、不正確な資料である場合には、損害立証が不十分となりがちで、実際の賠償請求訴訟は非常に困難なものです。 また、先ほど説明した「仮処分」についても、裁判所は、「利益が侵害される具体的かつ差し迫った危険」の疎明を求めますので、相手がすでに販売自粛を公表していたり、販売活動の実績が全くなかったりする場合や、すでにその製品の製造を自社側でも中止していた場合などは、差し迫った危険がないと言われる危険性もあります。 競業避止義務はあるというものの、その権利実現には会社側に高いハードルが課せられているのが現実ですので、秘密保持契約や競業避止義務契約があるからといって、情報や権利の管理に手を抜かないようにすることが必要です。
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転職・引抜き
会社が成長する過程で、社内の人材が育ってくるとどうしても避けられないのが、同じ業界内での独立転職、同業者からの引き抜きです。 競争が激化する中、会社の経営方針や待遇に不満をもつ従業員が、取引先や同僚を引き連れて、同一業界内で競争会社を立ち上げることはそれほど珍しいことではありません。のれん分けができる事業であればともかく、そうでなければ、独立・転職を希望する人材に対しては、待遇を見直すほか有効な手立てはありません。一方で、あまりにも強引な従業員の引き抜きについては、そのことによって生じた会社の損害を、相手から回収したいという要求は自然なことです。 引き抜きが不法行為であるかどうか争われた裁判例は非常に多くあります。そのうちの一つの事件(東京地裁平成3年2月25日判決 ラクソン事件)を紹介します。 X社は英会話教室を経営しており、Y1は同社の取締役営業本部長、Y2は英語教材販売会社です。Y1はX社内の約8割の売り上げを上げるまでに活躍していましたが、他の事業部の赤字のためにX社全体の業績は上がらず、自分への待遇も営業成績に見合ったものではないと感じるようになっていました。そこで、Y1はXを退職した後、X取引先のY2と接触し、Xにいる自分の元部下を引き抜いて、Y2傘下で新事業部を立ち上げようと考えました。 Y1・Y2はXに秘密で、慰安旅行だと言ってY1の元部下らを温泉地のホテルへ連れ出し、Xが倒産するかもしれないという情報を伝えてY2への移籍を説得し、その結果、その翌日には21名のX社員がY2の新事務所に集合し、直ぐに営業を始めました。 この事件の起こる前のXの売り上げは月間5000万円ほどありましたが、事件後は月間1200万円に落ち込みました。 そこで、Xは、Y1の取締役の忠実義務違反、債務不履行、不法行為に基づく損害賠償、Y2の不法行為に基づく損害賠償の請求をする裁判を起こしました。 裁判所は、次のように述べています。 「個人の転職の自由は最大限に保障されなければならないから、従業員の引抜行為のうち単なる転職の勧誘に止まるものは違法とはいえず」「その引抜きが単なる転職勧誘の域を超え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合には、それを実行した会社の幹部従業員は雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、債務不履行あるいは不法行為責任を負う」「社会的相当性を逸脱した引抜行為であるか否かは、転職する従業員のその会社に占める地位、会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)等諸般の事情を総合考慮して判断する」。 結局、裁判所は、Yらの行為が不法行為に該当すると判断しました。 しかし、XがYらに1億円余りを請求したのに対して、裁判所は、次のように述べ、大幅に減額して、870万円分しか認めていません。 「従業員には退職・転職の自由が認められているから、従業員の自由な意思による退職・転職に伴ってXに発生する損害については、Xが甘受し、その従業員にその賠償を請求することができないのが原則である。」「Xの業種にあっては、必要とするマネージャー、セールスマンは特殊の技能が要求されるものではないから、代替人材の補充、従前の営業体制の回復にさほどの期間を要するものと認めることはできない。」「Y1の個人的寄与による業績に対応する部分は、相当因果関係がない」「もともとセールスマンの定着性が高い業界ではなく、条件次第で同種企業間を移動する傾向が強いうえ、当時Xの経営状態は必ずしも良好でなく、マネージャーらへの給料の支払が遅滞することもあったから、本件引抜行為がなかったとしても、本件のマネージャー、セールスマンらが継続して原告に在籍していたという保証もない。」「以上の諸事情を考慮すると、本件引抜行為によりXに生じた損害のうち、相当因果関係にあると認められるのは、期間として一か月分に限るのが相当であり、それからY1の個人的寄与五割を控除した残余の部分といわねばならない。 」 要するに、抜けた人材が稼いでいた分は、その人が抜ければ稼げなくなるんだから、損害にならないし、減った人は直ぐに補充すればいいから1か月分しか損害は認めないよということです。 大量に抜けた営業社員をわずか1か月で補充して、損害を回復せよという裁判所の認識は、多くの会社にとって、非常に厳しい見方ではないでしょうか。 裁判所というところは、現実社会に対してずいぶんとズレた判断をすることがあるので、弁護士としては、こういう厳しい判決をもらうことも予測に含めておかなければなりません。 「想定外」が流行った昨今ですが、多くの法的紛争の結末は「想定内」です。 結論として、大量引抜きの場合の被害を完全に回復することはかなり難しいので、トラブルになる前に、待遇改善や引抜き対策を練っておく必要があります。
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解雇無効となった場合の賃金支払
解雇については、前回分までの解説でおおむね説明しました。 今回は、万一、解雇が裁判で無効とされた場合に、解雇以後の賃金の支払いはどうなるかという話です。 一般的に、解雇無効の裁判が確定した後であっても、円満に職場復帰することはほとんどありません。 円満復職の場合は、過去分の未払給与についても当事者同士で協議できるので大きな問題になりませんが、そうでない場合には、最終的に退職するとして、係争中の未払給与額の支払いや、地位保全仮処分による仮払額の清算が問題になります。使用者側からすれば、実際に働いていないのに給与を払う必要があるのか、係争中に別のアルバイトで稼いでいた分は控除してもいいのではないか、等の疑問があり、他方、労働者側からすれば、解雇が無効なのだから、働いたのと同じ扱いをしてほしいという要求がありますので、双方の利害を調整する必要があります。 この点が争われた著名最高裁判例が二つあります(最高裁昭和37年7月20日判決・全駐労小倉支部山田分会事件、最高裁昭和62年4月2日判決・あけぼのタクシー事件)。 この二つの判決から導かれる結論は、 副業的なものであって、解雇の有無にかかわらず得られたであろう収入以外の収入があるときは、元の勤務先が払う平均賃金額から4割まで控除できる。 平均賃金算定の基礎にならない部分からは全額を控除できる。 控除対象になるのは、解雇期間中に得られた収入に限る。 というものです 例えば、 解雇後合意退職までの係争期間が1年間で、元の勤務先の平均賃金が月10万円、解雇期間中に対象者が働いていた別の勤務先の賃金が月5万円であった場合、10万円のうちの4割(4万円)まで控除できるので、元の勤務先は月6万円の1年分72万円を支払うことになります(0円とか、10万円-5万円の1年分=60万円では済みませんが、10万円1年分=120万円を払う必要はありません)。 別の勤務先の賃金が月3万円だった場合は、3万円控除して月7万円の1年分84万円を支払うことになります(6万円1年分=72万円では済みません)。 もし別の勤務先からの月収3万円が、副業的なものであり、解雇の有無にかかわらず得られていたものであれば、控除はできません(10万円1年分=120万円を払う必要があります)。 平均賃金算定の基礎にならない部分としては、賞与(3か月を超える期間ごとに払われる臨時給)が代表例です。 先ほどの別の勤務先での月収5万円の事例で、解雇期間中に元勤務先で20万円の賞与が出ていれば、平均賃金部分から控除できなかった月1万円1年分=12万円をそこから控除できますので、賞与としては8万円を払えば済みます(つまり、合計で80万円(72万円+8万円)を払えばよい。140万円(120万円+20万円)のうち6割(84万円)ではない)。また、別勤務先からも賞与20万円が出ていれば、元勤務先での賞与の未控除部分8万円まで控除できるので、72万円の支払いで済みます。 解雇が争われた裁判で、使用者側が敗訴した場合、以上のような計算に基づく清算をしなければならないのですが、解雇無効と裁判所に判断されてしまった後の交渉は、使用者側にとっては、大きなハンデを負わされた状態です。 もし、保全処分に基づく仮払いが計算上過払いになっていたとしても、その立証や請求・回収にはかなりの労力が必要になってしまいます。 いずれにしろ、トラブルの根源は、無効になってしまうような解雇のやり方をしてしまったことにあります。 そうならないように、事前にきちんとリーガルチェックを受けることが大事だと思います。
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いわゆる雇い止めと無期転換申込について
前回は期間を定めない労働契約の場合の企業側からの解消(解雇)について説明しました。 今回は、期間を定めた「有期契約」の解消(雇止め、更新拒否)についてです。 「期間工」とか「臨時工」といって、工場などで一定の繁忙期ごとに期間を区切って雇い入れる例が典型ですが、工場でなくても、事務職員や雑役のためのパート・アルバイトの採用に当たって、有期契約で雇い入れれば、社内の呼び名がいわゆる「正社員」であれ、「契約社員」であれ「パート」であれ、すべて同様の問題になります。 従前、労働基準法では、原則長期3年を超える有期契約は認めていませんが、短期は、必要以上に細切れにならないように求める指針があるだけです。そもそも、長期の拘束が前近代的な奴隷労働につながることを危惧して、長期契約を制限したのですが、現代では、むしろいかにして長期安定雇用を守るかが労使ともに目標課題になっている感があります。 労働契約法のうち、有期雇用については、平成24年8月に改正があり、平成25年4月1日から有期転換申込の制度が施行されています。 有期雇用の場合の更新拒否・雇い止めに解雇権濫用法理の適用がないことは改正法のもとでも原則論です。 例外として無期転換申込が適用される労働者は、期間を定めて雇用し、更新を繰り返して通算5年超雇用されていた労働者です(ただし、大学等の研究者、期間限定専門職、定年後の継続雇用等の例外があります)。 通算5年の反復更新期間をカウントするスタートは、平成25年4月1日以降に更新された契約の始期です。従って、平成24年12月1日に6か月と定めて短期雇用した人については、平成25年6月1日の更新から5年がカウントされます(平成24年12月1日からではありません)。 5年を経過してから更新する場合には、労働者のほうから「無期転換の申込」をするかどうかを選択出来ます。事業者が労働者の意思に反して一方的に無期に転換することができるわけではありません。 たとえば、先ほどの半年契約の労働者の例でいうと、平成25年6月1日から5年を経過するのは平成30年6月1日ですが、同年5月末日終了の契約の始め(平成29年12月1日)から平成30年5月末までの間に、期間の定めのない労働契約に変更するよう、使用者に対して申し込みをすることができます。 労働者から無期転換申し込みがあったときは、事業者はこれを拒否できません。しかし、期間以外の労働条件(職種、勤務地、賃金、労働時間など)は、従来のままでもよく、変更の要求に応じる義務まではありません(他方、労働者の側からの期間以外の条件変更要求が禁止されているわけでもありません)。 「通算」5年ですので、途中に空白期間があるときにはそこで中断されて、再雇用のときからカウントを積算します。どの程度の期間が空けば空白とみなされるかは、省令で細かく定義されています。 雇止め法理と不合理な労働条件の禁止については、厚生労働省作成のパンフレットにも書かれた二つの最高裁判例やその他の裁判例がベースです。改正法の内容も、結局は「社会通念」とか「合理的理由」といった、解釈の幅の広い概念によって規定されていますので、実際の紛争になったときには、ケースバイケースの判断とならざるを得ません。 なお、労働契約法の改正に伴って、短期雇用者に対して更新条件を通知しなければならなくなったので、労働条件通知書のモデル書式にも変更がありました。 ちなみに、上記の法律改正にあたっては、労使双方から様々な意見があり、例えば、5年を超えて更新しないこと(1年契約として3年目で雇止めしてしまう例)が常態になってしまって、かえって短期雇用が増えるのではないか、あるいはせっかく5年を超えて契約期間が無期限になっても、正社員並労働条件に変更されないのでは、就業環境の悪化を固定化させてしまうのではないか、等と言われていました。改正法施行から1年以上経過したので、ほとんどの短期雇用者が今後改正法の適用を受ける立場にあろうかと思われます。今後、改正時に懸念された問題が現実になるのかどうか、注意を払う必要があるかもしれません。 どんなに法律が変わっても、会社が従業員を大事にするかどうかによって、労働環境はまったく違ったものになり、結局は、裁判所で個別の事案事に争われていくという構図には変わりが無いように思います。 会社と従業員が共存して繁栄していくWinWinの関係が成り立つように、経営者も労働者も立場の違いを理解し合って、事業の発展に勤めて収益を上げていくことが望ましい道筋ではありますが、現実問題としては、これからも難しい課題が存在し続けることは間違いありません。 少なくとも経営者としては、法律の遵守が最低条件ですから、労働契約関係の法律改正や厚生労働省指針等に十分に留意した労務管理を行うことが必要です。
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解雇権濫用法理
解雇は、使用者側からの、労働契約関係の解約です。 使用者側からの解雇は、民法ではなく労働契約法と労働基準法によって規制されています。前回説明したとおり、解雇予告の制度が適用されるほか、労働契約法16条により「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と定められていて、これがいわゆる「解雇権濫用法理」という、過去の裁判例の積み重ねによって認められている労働者保護の仕組です。 以前の記事では、「懲戒権」行使や、「セクハラ・パワハラ」に関する懲戒解雇問題などが関連していますので、ご参照下さい。 解雇をめぐる裁判例は非常に多く、まさにケースバイケースの判断です。 おおまかな分類をすると、「整理解雇」については、会社の経営努力を尽くしても人員削減がやむを得ないかどうか、「懲戒解雇」については、当該従業員を解雇しなければ会社の業務継続に重大な支障が生じるかどうか、という視点から判断することになります。 いずれの場合にも、従業員の意思に反して解雇することは、会社側に法的リスク(後に解雇無効を主張されたり、地位確認の仮処分を起こされて、賃金の仮払いを命じられたりする)を発生させますので、解雇に当たっては、事前のリーガルチェックをお勧めします。 参考までに、労働者側からの労働契約の解消(退職)について。 労働者側からの退職は、契約期間の定めがない場合、2週間の予告期間を置けば、民法上ではいつでも(何の理由もなく)出来ます。つまり、特にいつまでという約束をしないで労働者を雇用した場合、2週間後に辞めますと言われると法的にはこれを阻止する手段が原則的にありません。2週間では短すぎて困るという場合は、労働契約か就業規則で退職予告期間を定めておく必要がありますが、あまり長い期間を設けることは労働者に不利なものとして無効になる可能性があります。 最近では、一部のいわゆるブラック企業(企業自体が違法な行為を事業としていたり、労働条件が劣悪な企業)では、労働者からの退職届を受理せず、退職させないで働かせる、辞めないように威圧する、という事例があるのですが、法的には、意に反する強制労働として違法であり、場合によっては損害賠償請求されるおそれがあります。