使用者は、採用した従業員に対して、業務上の命令を下すことが出来ます。しかし、「業務命令」の名のもとに、何でも命令していいわけではありません。
例えば、他の会社の倉庫から物品を盗んでくるとか、顧客に対して詐欺的な水増し請求をするとか、他の社員に対して暴行脅迫するとか、刑事罰に触れるような命令はできません(当然です。・・・が、ブラック企業ではありがちかもです・・・)。
では、「売り上げのよくない社員だけに、就業時間内にトイレ掃除を命じる」これはどうでしょうか。
トイレ掃除は会社にとって必要な作業だから、業務の一環だと言い切れるでしょうか。一般論としていえば、そのような懲罰的な命令は、違法性が強いと言わざるを得ません。懲罰を加えたいのであれば、就業規則に明記されたものだけを実施すべきです(ノルマ未達成だけで懲罰は無理ですけど・・・)。
業務命令が問題になった裁判例には次のようなものがあり、いずれも裁判では違法とされています。
・服装規定に違反した従業員に、就業規則を書き写させる罰を与えた例
・労働組合のバッジを外さなかった従業員に、外回りの掃除を命令した例
・営業車両で接触事故を起こした従業員に、事務所敷地の草取りを命令した例
・卒業生の合否判定会議の結果に異論を唱えた教師を、担任から外して反省文作成を強制した例
・職場内でのトラブルに対する罰として、炎天下で踏み切りの監視をさせた例
・自動車事故を起こした郵便局員に対して、自動車乗務の停止と会議室での反省を強いた例
以上は、会社側から、従業員に対して、一定の業務を命令することの問題ですが、逆に、従業員の側から、会社に対して、自分を業務に就かせるように求める権利があるかどうかが問題になることがあります。
たとえば、会社が、懲罰として、一定期間の出勤停止を要求したり、解雇をした際、従業員が、その処分が無効であることを理由として、個別具体的な業務への就労請求をすることが法的に可能かどうかが問題になります。また、配置転換等をすることなく、業務内外で傷病を負った従業員に対して、業務に適さないことを理由に自宅待機を命じることや、精神疾患(躁鬱病、人格障害等)を理由として、休職を求めることなども、問題となります。
この点、裁判例上での一般論としては、従業員の側から、会社に対して、希望する職務内容に従事させるように求める「法的な権利」まではないとされていますので、会社は賃金を支払っている限り、その従業員をどのように業務に就かせるかを原則として自由に決めることができます(まったく仕事を与えないことはパワハラとして違法になることもありますが・・・)。
そして、その延長として、会社として業務に適さないと判断した場合には、賃金を支払う限り、実際の職務から外すということも原則として可能といえます。
ただし、最高裁の判例には、「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合には、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十分にできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当(平成10年4月9日片山組事件判決)」と述べたものもあるので、会社が業務不適応と判断した場合でも、従業員自身が他の職種での業務を希望していれば、いったんはその業務での従業を試みるほうがよいケースがあります。
そのような会社側の努力があったかどうかが、後にやむなく解雇する場合に、会社側に有利な事情として斟酌される可能性がありますので、しっかり対応することが肝要です。
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