Category: 法令

  • 法律上の権利行使の複雑さを示す事件

     以前、商標法不正競争防止法には「需要者の間に広く認識されている」という同じ表現があるけれども、その意味が違うという裁判例を紹介しました。
     実は、この「需要者の間に広く認識されている」は、商標法の中でも、4条1項32条の二か所に出てくるのですが、その二つの意味も裁判例上問題になっています。
     商標法4条は、新しい商標を登録する場合の登録拒否の事由であり、32条は商標が登録されるよりも前から使用していた商標を引き続き使用できる(先使用)かどうかの判断基準を示した条文です。
     二つの意味を同じだと考える立場からは、「『需要者の間に広く認識されている』場合には、どんなときも新しい商標としては第三者が登録できず、なおかつ先使用は必ず認められる」ことになります。
     これに対して、二つの意味は違うのだと考える立場では、「新しい商標を登録するかどうかを決める場合(4条)の『需要者の認識』は、商標権を成立させるかどうかの問題だから、かなり広い範囲(例えば、隣接県域程度)で認識されていたことが必要だが、先使用を認めるかどうか(32条)は、商標登録がされた後に、それ以前に使用されていた表示をどの程度保護するかという問題なので、4条の場合より狭い範囲(例えば、市町村単位程度)の認識であっても、先使用を認めてよい場合がある」と考えます。
     法律の文章は同じなのに、違う解釈をするわけです。

     実際にこの問題が争われた裁判例では、商標権者が、先使用者に対して、当該商標の使用差し止めを求めたのですが、東京地裁・東京高裁ともに、先使用の権利を認めて、差し止めを認めませんでした。高裁は判断中で、「32条は4条の場合と同じように解釈する必要はなく、4条よりは緩やかに解釈して、取引の実情に応じて判断すべき」と述べていますので、裁判例上では、違う解釈をすべきという結論が取られています。

     以上は、法律の条文の解釈の問題でしたが、法的権利の仕組みを考える上でも面白い例です。
     法律上、権利を制限する条項がある場合には、権利保護は絶対ではありません(当然です)。さらに進んで、法律の具体的な制限条項に当てはまらなくても、権利の使い方を間違えると、「権利濫用」とされることもあります。

     例えば、「需要者の間に広く認識されている」未登録商標があるのに、その使用権者でない者が商標権を取得した場合、明らかに商標法4条違反になるのですが、不正競争目的がない場合、登録から5年を経過すると無効審判の請求ができなくなります。
     古い判例では、特許の有効無効を決めるのは特許庁であって、裁判所でないという理屈で、5年を過ぎて無効審判を請求していない案件で、裁判所は権利の有効無効を判断できないとされていました。しかし、平成12年の最高裁判決(富士通と米国TIが争ったキルビー特許事件)で、無効審決がなくても、裁判所が権利の無効原因を認定して、その権利の行使を制限してよいと判例変更されました。すなわち、商標権者が侵害訴訟で先使用者に対して損害賠償請求をした場合、法律上、無効審判請求ができない時期に至っていても、権利濫用の主張はできると判断し、商標権者の訴えを退けました。この判例で、特許法が改正されましたが、今なおこの分野ではいろいろな議論がなされています。

  • 業務用商品を小分けして家庭向けに売るのは違法か?

    問題となったケースは、大阪の業者が、アメリカから肥料を大量に輸入して、家庭用に小袋に詰め替えて販売したという案件です。
    このケースでは、裁判に至るまでの間に、アメリカの会社から何度も警告を受けていましたが、その都度ちょっとずつしか対応をせず、最終的に刑事告訴されてしまったものです。

     小売業者がどのような対応をしたかといいますと、当初はアメリカの商標をまねしたロゴを袋に貼り付けて販売していたのですが、警告を受けて、袋を無地にしました。しかし、そのかわり、販売するための展示台に、ロゴを手書きして、価格表とともに貼り付けて、引き続き小分け販売をしました。
     そして、そのような対応に対して再度の警告を受けたのちは、展示台を撤去しました。しかし、最初に袋に張り付けていたロゴを商品の隣に置いて、小分け品であることを明示しておくという方法で販売を継続しました。
     アメリカで製造されている正規品の小袋もほかの小売店で販売されていたのですが、大阪の業者のほうが数百円程度安く売られていたようです。

     ここに至って、アメリカの会社も我慢をしかねて、ついに告訴されてしまいました。

     対象商品は、園芸関係者の間で広く流通しているブランドであったため、ノーブランド表示では、中身が同じですといっても、売れないのでしょう。
     なかば確信犯的な業者ではありますが、やはり、その商品が商標権者の真正品であったとしても、商標使用の許諾を取らないで、勝手に包装を変えて販売するのは、商標法の解釈上、明らかに違法と言わざるを得ません。

     パターンとしては、(1)真正品を詰め替えて、商標使用の許可を取らずにロゴを表示して販売する(本件)。(2)非真正品(模造品)に他人の商標(ロゴ)を表示して販売する。のは違法であり、(3)商標の使用許諾を受けていても、まったく別の模倣品に商標を付けて販売すること。も違法です。

     専門家の間では、一律に小分け販売が違法になるのではないという議論もあります。
     例えば、小分けであることを表示し、なおかつ小分けの元になった正規品を見本として同じ場所に展示するという方法をとれば、一般消費者が商品の出所について誤解をすることはなくなるのだから、それは自由競争の範囲内で認めてよいのではないかという人もいます。

     しかし、上記の刑事事件の判決を示した大阪地裁では、詰め替えによる品質低下が商標に付随する品質保証の機能を損なうという面を重視して、学説上の多数説である違法説を採用しています。

     実務的な注意点を述べるとすれば、小分け販売にあたっては、元商標権者の許諾を得るべきです。もしかすると、出所を表示しないで、自社ブランド品として転売する策があるのではとお考えかもしれません。しかし、自社ブランド品として販売する場合でも、商標以外の知的財産権にまつわる法的に難しい問題が起こってくる可能性がありますので、やめておいたほうが無難です。

     いわゆる知的財産の活用には学説・判例が揺れていて明確な解決がついていない論点がたくさんありますので、実務での取り扱いは常に慎重な方向性で考えておくべきだと思います。

  • 関税法 刑罰と犯則事件の違い

     前回は、関税法に規定する刑罰について紹介しました。今回は犯則事件について説明します。
     犯という言葉を使っていますが、前回説明した刑事罰のある「犯罪」に似ていながら、税関に限られた範囲での処分権限がある点で、検察官が取り扱う犯罪事件とは違っています。
     関税法119条以下に税関の権限がいろいろと書いてありますので、順に見ておきます。

    1 質問、検査又は領置等(119条)

     嫌疑者・参考人に出頭を求め、質問する。
      嫌疑者は一般用語では容疑者、刑事用語では被疑者です。参考人はどの法領域でも共通です。
     
    所持品や放置品などの物件を検査し、任意提出された物あるいは嫌疑者の放置品を領置する。
      参考人の放置品は領置できません。

    2 開示の請求(120条)

     証拠の隠蔽をさせないための規定です。怪しければ、それを出しなさいと求めることができます。

    3 臨検、捜索又は差押(121~124条)

     令状による捜索差押です。犯則事件に特有のものとして臨検があります。
     嫌疑者発信・受信の郵便の差押は無条件で可能です。それ以外でも怪しい状況があれば差押が可能です。
     現行犯・準現行犯については無令状の臨検、捜索、差押可能です。
     立入禁止措置は令状がいりません(128条)。
     臨検等の措置の場合は、対象場所の所有者・管理者(会社の場合は代表者、責任者を含む)・成人の使用人(従業員)・同居の親族のいずれかを立ち会わせなければなりません。それらの者がいないときは成人の隣人、警察か自治体の職員を立ち会わせてもかまいません。女性の身体を対象にしたときは、立会人も女性でなければなりません(129条)。
     臨検等には警察官や海上保安官が同行することもあります(130条)。
     臨検等を実施したら必ず「調書」が作成されます。供述者は署名捺印するのが原則ですが、署名捺印を拒否することもできます(131条)。領置や差押をしたら、目録を作って、所有者に渡さなければなりません(132条)。
     税関での保管が困難な物件については、税関長の権限で別の場所で倉庫業者に保管させたり、売却してお金に換えることも可能です(133条)。

    4 犯則事件 第1の特徴・・・検察官に告発しなければならない事件かどうかが、法律で決まっている

     必ず告発しなければならない事件は、不正輸出入で脱税・故意の虚偽申告があるケースです。
     場合によって告発しなければならないのは、容疑者の居場所が分からなかったり、逃走や証拠隠滅の可能性があったりする場合です。ですから、もし疑われている事実が濡れ衣であったとしても、逃げてしまうとそれだけで告発されてしまう危険があります(137条)

    5 犯則事件 第2の特徴・・・税関長が「通告処分」で事件を終結させることが出来る

     税関長の通告処分で済むための要件は、
      懲役刑を言い渡すほどには犯行の内容が悪質でないこと
      対象者が罰金を払える資産・収入をもっていること
      対象者の居場所が明らかで、通告書を受領できること
     の3つです。このうちのどれか一つでもひっかかれば、告発されてしまいます(138条)。
     また、せっかく通告を受けたのに、20日以内に罰金相当額を納付しなければ、やはり告発されてしまいます。
     罰金相当額を納付すれば、同じ事件で再度処罰対象になることはありません。
     事件の個数は対象物件としてひとまとまりの輸出入申告ごとに判断されますので、対象・時期が異なると、原則として違う事件としての扱いになります。

    6 通告処分による不利益

     通告処分は処罰ではなく、行政処分ですので、いわゆる「前科」にはなりません。
     ただし、税関には処分歴が記録されますので、新たな通関業許可申請や、通関士の登録にあたっては、処分歴が審査され、罰金相当額納付後3年間は免許が下りないという不利益が課されます。
     また、許可が取り消される場合もあります(必ず取り消されるわけではありません)。

  • 商標侵害品の輸入の処罰と通関業者の責任について

     いわゆる偽物ブランド品等は関税法69条の11(輸入してはならない貨物)のうち1項9号「…意匠権、商標権…を侵害する物品」に該当します。これに違反した場合は、関税法109条2項の罪(十年以下の懲役若しくは一千万円以下の罰金・併科あり)になります。さらに、商標権を侵害した者に対しては、十年以下の懲役若しくは一千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する(商標法78条)との規定があり、侵害品の輸入も処罰対象になっています。

     つまり、ニセブランド品の輸入は、関税法違反・商標法違反の二つが重ねて適用されます。このように、一つの行為が複数の犯罪になり、重複して処罰される場合のことを「観念的競合(刑法54条1項前段)」と言います(参考判例 最高裁判所第一小法廷昭和58年9月29日判決(覚せい剤輸入案件)、名古屋高等裁判所刑事第1部平成18年5月30日判決(児童ポルノ輸出案件))。
     観念的競合の場合はどちらか重い方の罰が適用されます(併合罪なら重いほうの長期1.5倍が上限です)が、上記では同じ法定刑なので、10年以下の懲役・1000万円以下の罰金・併科ありとなります。なお、懲役と罰金は、どちらかを選択する規定が多いのですが、関税法・商標法違反では、懲役と罰金を併せて科することができます。これが「併科」です。

     また、貨物を輸出し、又は輸入しようとする者は、必要な事項を税関長に申告し、貨物につき必要な検査を経て、その許可を受けなければなりません(関税法67条)。輸入禁止・制限でない物品であっても、輸入許可を得ないで国内へ持ち込む行為は処罰されます(関税法111条1項 五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金・併科あり)。対象品が商標侵害品でなければ、輸入しても商標法違反になりませんが、関税法違反にはなります。故意に内容を偽った書類を提出して輸入した場合にも111条の罪になります。これは、輸入者本人が出した場合も、通関業者が出した場合も同じように処罰されます。以上の109条、111条の関税法違反は、未遂や予備まで処罰される点で、非常に重い種類の犯罪と言えます。

     なお、関税法109条も同111条も、侵害の「故意」がなければ罪になりません。つまり、申告内容に偽りがあることを認識して、それでもいいと考えて申告して輸入することが犯罪なのであって、荷主の申告内容の虚偽申請を見過ごしただけで通関業者が犯罪に問われることはありませんし、申告時点では当該荷物が客観的に輸入禁止・制限品であることを知りようもないのに、後になって、結果的に対象品だったことが分かったからと言って、通関業者が処罰されることもありません。

     次に、正犯と幇助犯の区別について説明します。
     犯罪組織の一味が役割分担をして、ニセブランド品を輸入したとします。このときは、たとえ単なる見張り役にすぎなくても、加担した全員が密輸犯として処罰されます。このことを共同正犯(刑法60条)といいます。一部分しか関与していなくても、その関与が犯罪全体の成功に寄与するからというのが処罰根拠です。
     犯罪組織に加わっていなくても、そのような組織であることを知りながら、これに協力したという人は、犯罪の一部を助けただけなので、協力者としての限度で処罰されます。これを従犯(幇助犯)といいます。幇助犯の法定刑は正犯の半分となっています。
     密輸入・無許可輸入のあっせん・媒介や貨物の運搬保管は、関税法112条に特別の処罰規定がありますが、これは一定の類型の幇助行為を処罰しやすくするための規定です。
     ここまでは、故意犯といい、犯罪を犯す意思をもって犯罪をする場合の規定です。

     このほか、関税法では、「過失犯」として、許可を得ないで輸入してしまった場合にも重大な過失があれば処罰できるという規定があります(116条)。過失犯は、罪を犯す意思はなかったけれども、結果的に間違って罪を犯してしまったという場合の規定です。関税法109条の密輸入罪には過失処罰がありません(116条は109条を引用していない)。もともと確定的な犯罪意思に基づく密輸入は過失がありえないのです。また、111条2項の通関業者の虚偽申告も過失処罰はありません。

     以上の犯罪は、個人としても法人としても処罰される可能性があります(両罰規定)。

     もし、通関業者が関税法109条や111条違反で処罰をうけると、たとえ罰金であっても通関業法6条4号の欠格事由にあたります(懲役であれば同条3号です)。欠格事由に該当すると、税関長は、通関業許可を取り消すことが出来ます(自動的に消えるわけではない)。
     関税法116条の過失犯で罰金になった場合は、通関業法上の欠格事由にはならないのですが、通関業法34条の「監督処分」の一環として、1年以内の業務停止や許可の取消まで処分可能になっていますので、許可が取り消される可能性があることは、欠格事由に該当した場合と同じです。
     通関士個人についても、業務停止(1年)や従事禁止(2年)などの処分可能性があります。

  • 商標登録できる?できない?「言葉」

     商標登録は販売促進やサービスの周知にあたり有効なツールですが、なんでも登録出来るわけではありません。

     登録制限の一つに、一般的な名称や品質を表すだけの言葉は登録できないというルールがあります。これは考えてみれば当然のことで、例えば、携帯電話の会社が「携帯電話」を商標登録出来てしまうと、他の会社は、携帯電話を違う名前で売らなければならなくなってしまいますし、運送会社が「迅速」「安全」などを商標登録できてしまうと、他の会社はそのようなキャッチを使えなくなってしまいます。そのようなことを避けるために、どこの国でも一般的な普通名称や品質を意味する言葉は商標登録できないことになっています。

     では、実際に、どんな言葉が登録できないのか。実は、この質問に対して即答するのは相当難しいことです。

     世の中には有名になりすぎて、会社の名付けがそのまま一般名称になってしまった例があります。
     例えば、「正露丸(征露丸)」はもともと大幸薬品の登録商標でしたが、いまでは同様のクレオソート製剤が、多くの会社から「正露丸」として販売されています。
     「うどんすき」も発祥には諸説ありますが、いまでは普通名称とされています。
     また、もともと登録商標だったものが、一般化されてしまって、商標権者も商標を放棄してしまったものとして、「エスカレータ」「ホッチキス」「ホームシアター」などがあります。
     その他、「瓦そば」「柿の葉茶」「アールグレー」などが一般名称とされています。

     上記あたりであれば、私も知っていましたが、裁判例のなかには、「フロアタム(打楽器だそうです)」「カンショウ乳酸(薬品名だそうです)」などが一般名称だとされたものがあります。
     つまり、一般人なら誰でも知っているというほどの著名品でなくても、当該業界で広く一般使用されているのであれば、業界人以外は知らないという程度のものでも商標登録できない可能性があるということです。

     一方、過去に商標登録が認められた実例には「ミルクドーナツ」「美術年鑑」「ジューシー」などがあり、これらのほうがよほど一般名称なのではないかと思うのですが、登録当時はそれなりに商標登録による保護が相当だと判断されたのでしょう。

     外国語の商標も難しい面があります。裁判例では、「FLAVAN(ポリフェノールの一種)」が物の一般名称だという理由で、第32類(食品)での登録を拒否された例があります。
     日本人だから外国語は知らないでしょうという理屈も通らないということです。
    「国際商標」の場合には、もっと顕著になりますから、辞書に載っているような単語はそのままでは原則として登録できないと考えておく必要があります。

     最近では、シャープが出願・登録していた液晶の「IGZO」が無効になった例がありました。これも、素人には意外だったのではないでしょうか
     
     逆に、自社の商標が日本中や世界に広がって、一般名称化することは、皮肉な現象ながら、ある意味、事業者冥利に尽きると思います。これからどんな商標が普通名称化されそうか眺めてみるのもおもしろそうですね。

  • 役務提供と商標登録

     カタログ販売で有名な会社が、平成18年改正商標法前の平成4年に、カタログ販売を商標登録しようとしたのですが、平成7年に特許庁に拒否された事件がありました(普通はこんなには時間が掛かりませんが、後述のような特別事情がありました)。

     いまやネット通販には世界的な著名企業が多数登場していますが、20年ほど前には、インターネット上での販売はさほど一般的でなく、カタログの戸配と郵便・電話受付が主流でした。対面の販売をしない小売業の業態として、顧客との信頼関係を築くことが最重要だったカタログ販売会社が、その事業で使っている呼称を商標登録したいのは当然の発想です。

     ところが、当時、小売業は、その取扱商品の商標を取得して維持管理しなければならず、「役務(=個々の商品ではない商業的サービス全体)」としての商標登録が認められない状況でした。平成3年改正法ではじめて役務登録が認められるようになり、カタログ販売会社が、それまで事業で使っていた名称を登録しようとしたわけです。

     商標の分類は、ニース協定(1957年成立以後数次改訂あり)に基づいて、協定各国がこれに準拠して国内法を整備しているのですが、平成3年商法改正当時、WIPO(世界知的所有権機関)で進んでいたのが、小売業のサービスについて第35類での包括的な登録を認めて良いかどうかという議論でした。

     結論としては、「小売業のサービスはそのサービスそのものには対価が支払われず、商品の販売代金を受け取るだけであれば、サービスといいながら、商品を譲り渡すだけのことであって、サービス自体が取引の対象になっているのではない」という理屈で、第35類に小売サービスを含まない方向性が固まり、国内法の適用においても、小売サービスは商標法で保護すべき独立の「役務」ではないとされたわけです。

     このような結論には、専門家の間でも疑問が提示されていたのですが、同様の小売サービスについて、平成9年に第35類で登録申請した事業者も、平成11年に特許庁に登録拒絶されています。

     その後やはりニーズがあるということで、まず国際分類が改訂され、これにあわせて平成18年に第35類に小売サービスを含める商標法改正がされ、「便益の提供」と表現される項目が付け加えられました。

     理論的に突き詰めていくと、まだ問題は残っているのですが、実務的にはこれで一段落です。

     このように、一見、与えられた大前提として動かせないもののように思える国際協定や国内法などは、実務での必要に応じて、いくらでも変わる可能性があるものです。そして、それを後押しする材料として、却下を承知で法的論争に臨む戦略も場合により有効・必要かもしれません。他方、既成ルールを法体系に逆らって無秩序に変えてしまうと、他の場面での解釈との整合性が問題になって、全体の制度そのものを変えなければならなくなり、取引秩序が混乱するという面もあります。

     以上のようなことを考慮すると、事業者として、事業に支障がある行政の取扱を変えさせたいという場合、行政・立法に働き掛けて法制度を変えていくのか、それとも司法に訴えて、法理論的に取扱を変えるように個別に動いていくのか、どちらかを選択するような経営戦略を立てる局面は、法律家に助言を求める最適な場面であるといえると思います。

  • 商標登録の対象商品・役務の問題

    問題
     自社製品の楽器について取得している商標(ロゴ)をTシャツに印刷して、楽器店で楽器を買ってくれた人に無料で配って販促に使おうと考えています。ところが、同じようなロゴを使うTシャツがすでに他社から市販されていて、ロゴも「衣類」で商標登録されていました。当社のロゴは「衣類」について商標登録していないので、販促グッズとして、ロゴ入りTシャツを配布すると、Tシャツ会社の商標を侵害することになるのでしょうか(BOSS事件参照)。

    解説
     この問題を理解するために、商標が、どういう登録のしかたをされているのか知っておく必要があります。
     商標は、一定の商品や役務を対象として特定したうえで登録申請されています(法6条)。対象は国際基準に沿って、施行令で45種類に区分されていて、各区分には対象品目が詳細に列挙されています。楽器は第15類、Tシャツは25類に分類されています(2013年1月現在)。
     商標登録によって取得できるのは、独占的排他的利用権であり、専用権(独占)と使用禁止権(排他)があると言われています。
     では、Tシャツでの商標権がない場合、楽器会社はノベルティのTシャツにも自社ロゴを入れることができないのでしょうか。また、Tシャツ会社は、楽器会社が作った販促用のTシャツについて、商標権侵害を主張できるのでしょうか。

     問題のケースは実際に裁判で争われた事案で、専門家の間でも意見が分かれていますが、裁判所は、商標侵害ではないと判断しています。
     判断の要点は、商標が、対象商品や役務の「出所」をほかのものと混同させないようにして、商標権者が当該商標を通じて、商売上の信用を蓄積する目的があることをどの程度重く評価するかの点にあります。
     売り物ではなく、あくまでも購入者特典として無償サービスする場合や、宣伝広告のためにロゴ入りの生活用品を作りたいというような場合であれば、もともとの商標権の保護対象の範囲内とみてもいいように思えますが、他方、そのようなロゴ入り衣類が大量に出回ることになると、「BOSS」ブランドを巡って誤認混同を生じるおそれもあります。楽器会社のほうが比較的著名だった場合、Tシャツ会社の不利益はより大きくなりかねません。
     問題のケースでの裁判所の結論は、楽器店側(宣伝広告として商標を使う側)に有利な結果になっていますが、個別具体的な法的紛争の実情によっては、まだ争いの余地が多い論点といえます。

     商標出願にあたっては、一類型ごとに出願料、登録料が加算されるので、複数出願をするとコストも増えるのですが、上記の例のように、法律の分類を超えて事業展開をしていくことを考えて、複数類型への出願を検討する必要があることが理解できると思います。

  • 商標法違反になる場合とは

    「商標法違反」で「刑罰」をうける可能性があるのはどんな場合でしょうか。

     商標法では、「侵害」「詐欺行為」「虚偽表示」「偽証」「秘密保持命令違反」と一定の場合の「過料」とを規定しています。

     侵害罪(商標法78条)は、商標権または商標の専用使用権を侵害したとき、10年以下の懲役・1000万円以下の罰金(法人に対しては3億円以下)に処される規定です。かなり罪が重いのは、窃盗や横領などと同様に、財産的被害を商標権者に与えるものであり、その被害が、際限なく拡大し得ることが考慮されているためです。類似品や防護商標による侵害の場合には、法定刑が上記の半分になっています(法78条の2)。

     詐欺行為罪(法79条)は、詐欺によって商標登録等の権利についての決定・審決を受けたとき、3年以下の懲役または300万円以下(法人は1億円以下)の罰金に処せられる規定です。これは主に登録を出願する側で問題になる規定です。

     虚偽表示罪(法80条)は、商標保護対象でないのに、他人の商標を虚偽で表示したりするような行為が処罰され、刑罰は詐欺行為罪と同じです。

     偽証罪は、一般の刑法上の偽証罪と同じ要件効果ですが、自白の場合の刑の軽減・免除が可能な点で、刑事責任が緩和されています。

     秘密保持命令違反は、平成16年改正で追加され、商標申請上の営業秘密などを開示することに対して、5年以下の懲役・500万円以下の罰金に処される規定です。

     過料は刑罰とは違って、特許庁や裁判所の判断で、ペナルティとして10万円以下で課されるものです。対象となるのは、偽証や審理への非協力、妨害などの行為です。

     商標権を持っていない会社でも、侵害罪等になる行為をしてしまう危険性はありますので、商標法なんてそんなんわが社に関係ないとは言えません。

     侵害行為の類型は、法37条が参考になります。まとめると、

    1. 商標権の対象として登録された指定商品・指定役務(以下まとめて指定対象等)について、登録商標・類似商標・防護商標(以下まとめて登録商標等)を使ってはいけない。
    2. 指定対象等と類似した商品・役務に対して、登録商標等を使ってもいけない。
    3. 商品そのものでなく、包装にも登録商標等を表示してはいけない
    4. 商標権侵害品を所持、製造、譲渡、輸入してはいけない
    5. 侵害品そのものでなく、侵害商標を製造する専用物品も製造、譲渡、輸入してはいけない

     以上のうち、輸入に関しては関税法の適用もあります。
     具体的には、関税法69条の11の1項9号該当で、同2項により没収廃棄されますし、同法109条2項により未遂でも10年以下の懲役・1000万円以下の罰金になり、予備すら処罰されます(5年以下・500万円)。刑法の感覚でいうと、予備が処罰されるのは、放火、殺人、強盗、身代金誘拐など限られた重い罪だけなので、不正輸入がいかに重くみられているかが分かります。

  • 年次有給休暇

     有給休暇制度は、個々の労働者ごとに一定の条件が備わった場合には、当然に付与しなければならない法律上の制度です。労働者との合意であっても、有給休暇を一切認めないことはできません。

     現行法では、6か月以上勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、勤続年数に応じた日数(最低10労働日)の休暇を与えなければなりません。短時間のパート勤務者でも、1週の所定労働日数が5日以上か、週の所定労働時間が30時間以上あれば、正社員と同じ扱いです。この基準未満の場合でも、所定労働日数に応じて正社員よりも少ない日数の付与をする必要があります。
     行政解釈では、休暇は1日単位で与えればよく、午前だけとか午後だけの指定に応じる必要はないとされていますが、会社側から任意に時間単位の休暇を認めるのは差し支えありません。ただし、時間単位での付与を認める場合は、労働者代表との間で協定を締結することが必要です。

     労働者から年休取得の要求があった場合には、使用者側から取得時期を別の機会に変えるように求めることはできます(時季変更権といいます 労基法39条5項)。しかし、この時季変更権は、やむを得ない場合にだけ行使すべきとされているので、むやみに変更を指示すると、違法な制限だとして無効を主張される可能性があります。従って、どうしても代替人員が確保できない事情がなければ、基本的には労働者の申し出通り認める必要があります。

     特に、国際的に、日本の「過労」が取りざたされ、その議論のなかで年休取得率が低いことが労働者団体側から問題にされたため、「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(平成17年改正前は労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法)」という法律が作られています。この法律は、事業者に年休を取りやすい環境を整備する義務を規定しています(2条)。平成20年にガイドラインも改訂されています。

     罰則規定はありませんが、会社の業務の品質は、システムとそれを運用する人材によって決まります。
     品質が落ちるとクレーム対応などで、生産性・収益性も下がります。
     従業員が働きやすい環境を作ることは、人材の確保のためにも企業戦略として重要ですので、従業員のワークライフバランスには経営者として、配慮を欠かさないようにしたいものです。

  • 労働法 就業規則と労使慣行

     自社の就業規則を事業所開設以来、一度も改定したことがない経営者はどのくらいいらっしゃいますでしょうか。

     就業規則は、法的観点からすると、大変あいまいな立ち位置の文書でして、かつて、最高裁判所まで効力が争われたことがありました。

     著名事件の一つは、役職者に対して定年制を規定していなかった会社が、対象者の入社後に定年制を採用した場合、定年制になる前から主任であった当該対象者の同意がなくてもこの定年制規定を適用して良いかという内容でした。
     地裁は、定年制を適用できないと判断しましたが、高裁・最高裁はいずれも、「就業規則は、従業員の同意なく変更でき、変更後の規定が合理的であれば、同意しない従業員にも適用できる」と判断しました。
     もう一つの事件は、懲戒解雇の定めを追加した新しい就業規則を従業員に周知しないままになっていたのに、変更後の規定に基づいて懲戒解雇を適用した場合、その解雇が無効かどうかという内容でした。こちらは、同意なく変更できても、周知していなければ、個々の労働者の同意なく適用できないと判断されました。その他、就業規則の変更については、多くの裁判例があります。
     これらの最高裁の理屈は、労働契約法が制定された際に条文に取り入れられました。
     まず、(1)労働契約は、労働者及び使用者が「合意」することによって成立し、変更されます(労働契約法6条、8条)。すなわち、あくまでも「合意」が大前提であって、就業規則に書けばいつでもそのとおりになるというわけではありません。
     次に、(2)労働契約の「際に」、就業規則を労働者に「周知」させていれば、その内容が契約内容・労働条件になります(7条)。あくまでも「周知」が大前提であって、就業規則なんか見たことがないという社員がいるようでは、労働条件が周知されているとはいえません。可能であれば、社員手帳を発行して就業規則を掲載しておくことまで必要かと思われます。
     そして、ここが大事ですが、(3)原則として、労働者との合意なしに就業規則を労働者の不利益に変更してはいけません(9条)。すなわち、同意なく変更できるのは、例外的な場合に限られるということです。そして、その例外要件は、次のように概括的に記載されていますので、具体的なあてはめについては、慎重な検討が必要です。

      就業規則の変更が、
     労働者の受ける不利益の程度
     労働条件の変更の必要性
     変更後の就業規則の内容の相当性
     労働組合等との交渉の状況
     その他の就業規則の変更に係る事情
      に照らして合理的なものであるとき

     権利義務を規定する法的文書は、現実に一致していないと、いざというときの役に立ちません。労使慣行の実態と合わない就業規則を放置していると、他の有効な条項まで無効だと言われかねないので、実態に合うように常時見直すことが必要と思われます。