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 競業避止義務は、①在職中に使用者の不利益になる競業行為(兼職など)を行なわないこと、②企業において、誓約書や就業規則に含まれる特約(競業禁止特約)に基づいて,従業員の退職後に競業他社への就職や同業種の開業をしないこと、などを含む義務のことです。
 従業員や元従業員が,同業他社への就職や同業種での開業をすると、せっかく育てた会社の秘密やノウハウが競争相手に漏れたり、取引先を奪われたりして商売に悪影響が生ずる可能性があります。このような事態を防止するために,競業避止義務を課しておく必要が生じます。

 そもそも、従業員が在職している場合には,労働契約に付随する義務として,勤務先に対して誠実に職務を遂行する義務を負っています。このような誠実義務の一つとして,競業避止義務も含まれるので,在職中には誓約書や就業規則で特約を定めなくても,従業員に競業避止義務違反の責任を負わせることができます。ただ,万一の紛争を考えれば,競業避止義務の範囲を明確にしておくことが重要で,就業規則や誓約書で、競業避止特約を定めて、従業員にも認識させておくべきでしょう。

 在職中の競業避止義務は労働契約に付随する義務ですので,労働契約が終了すれば,被用者の競業避止義務も消滅します。
 そこで,従業員が退職後に競業を行った場合にも,元従業員の責任を追求するためには,就業規則等によって,退職後も競業避止義務を負う旨の特約を結んでおかなければなりません。
 民法には「契約自由の原則」があるので,どのような内容の契約を締結することも,当事者の自由だという考えがあります。
 しかし,競業避止義務特約は,職業選択の自由(憲法22条1項)を制限し,労働者の生存権を脅かすおそれがあると同時に,自由な競争を制限する性質がありますので,それらの制限にも配慮した合理的な範囲内で定めなければなりません。合理的な範囲を逸脱する内容を定めた競業避止義務特約は,公序良俗に反し無効になってしまいます。

 競業避止義務特約が合理的な範囲内であると判断されるための要素としては,①期間の限定がある(最高で2年程度まで)、②地域を限定している(業種に応じて広狭はあります)、③業種や職種を限定している、④何らかの代償的な手当を支払うようになっている、⑤重要なノウハウに触れる特別な業務についていた、などがあります。企業としては,それらを参考にして、無効にならない範囲での競業避止義務特約を規定しておくことが肝要であると考えられます。

 競業避止義務が有効かどうか争われた裁判例は数多くあります。
 例えば、元従業員Yが,使用者であったX社で勤務していた際に研究員として得た知識を利用して,X社を退職した後に同様の製品を製造して,X社の得意先に営業をかけた事件で、X社が製品の製造販売を差し止める仮処分を申し立てたという案件があります。仮処分とは、損害の拡大を防ぐために、判決が確定する前に、とりあえず製造販売等の行為を止めておくための手段で、不正競争の場面ではよく使われています。
 裁判所は、上に述べたような考慮要素を元にして、合理的範囲にあるかどうかを判断するのですが、この件では、「制限の期間,場所的範囲,制限の対象となる職種の範囲,代償の有無等について,X社の利益(企業秘密の保護),Yの不利益(転職,再就職の不自由)、社会的利害(独占集中のおそれ,それに伴う一般消費者の利害)の3つの視点にたって慎重に検討していくことを要する。」と述べ、「本件では,制限期間が2年間という比較的短期間であり,X社の営業が特殊な分野であることから対象の制限は比較的狭く,技術的秘密については場所的に無制限であってもやむを得ず,またYは在職中に秘密保持手当の支給を受けていた」ので、競業制限は合理的範囲だと判断しています。

 競業避止義務違反が認められた場合には、競業行為を行った者に対して、損害賠償請求ができます。しかし、その場合の損害額の計算は、単に売り上げが落ちたことだけの立証では足りません。そのような主張をすると、他の要因での売り上げ減と区別ができることまで立証しなければならなくなります。そこで、多くの場合には、前使用者の営業上の秘密を用いてあげた利益そのものが,企業の損害であると主張して、相手の利益の資料を提出させることで立証とします。もっとも、この点についても、相手方が資料を出さない場合や、不正確な資料である場合には、損害立証が不十分となりがちで、実際の賠償請求訴訟は非常に困難なものです。

 また、先ほど説明した「仮処分」についても、裁判所は、「利益が侵害される具体的かつ差し迫った危険」の疎明を求めますので、相手がすでに販売自粛を公表していたり、販売活動の実績が全くなかったりする場合や、すでにその製品の製造を自社側でも中止していた場合などは、差し迫った危険がないと言われる危険性もあります。

 競業避止義務はあるというものの、その権利実現には会社側に高いハードルが課せられているのが現実ですので、秘密保持契約や競業避止義務契約があるからといって、情報や権利の管理に手を抜かないようにすることが必要です。


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