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不正競争防止法で保護される「営業」

 不正競争防止法は、いわゆる自由主義経済を前提として、各事業者間で、公正なルールの下で自由に競争をすることが、経済全体の健全性の維持に役立つという理念のもとに制定されている法律です。

 この法律で保護される「営業」に関して、面白い最高裁判例があります。それは、宗教法人の名称に関するものです。理解の前提として、宗教法人の仕組みについてまず説明します。

 宗教法人には、その法人が独立して一つの団体となっている「単立」宗教法人と、ある宗派の名前のもとに同じ宗派の宗教団体が多数集まっている「包括」宗教法人とがあります。多くの著名な宗教団体は、本部が包括宗教法人となり、各地に設けられた支部、分教会、末寺などがそれぞれ「被包括宗教法人」となって、上部団体である包括宗教法人に所属するという形をとっています。包括・被包括ともに、それぞれに代表役員という代表者の定めがあり、法的な観点からはそれぞれが独立した法人としての取り扱いを受けます。本件で問題となった「T」もこの包括宗教法人でした。

 さて、紛争の発端は、Tの分教会を主催する代表役員が、T本部と異なる独自の教義解釈に基づいて、T本部からの独立(被包括関係の廃止といいます)をしたにも関わらず、独立後も依然として「T・・教会」の名前で宗教活動をしていたことから始まります。本部の教義と違うことをTの名前で実行されたのでは、宗教団体としての統一が図れませんし、誤認をする信者などの出現により、布教活動にも支障が出ます。そこで、当然ながらT本部としては、その名称を変更するように、その元分教会の代表者に要請したのですが、全く聞き入れられませんでした(その代表者としては、自分の考え方こそがTの教義に合致しているとの信念があったのかもしれません。多くの伝統的宗教でも、いくつかの宗派に分かれていることは、今日当たり前ですから、それと対比して考えると、同じ宗名で別派があるという状況が必ずしもありえないものとまでは言い切れません)。
 結果的に、T本部は、裁判の手段を使いました。そこで、T本部が主張したのが、不正競争防止法2条1項の不正競争と、宗教法人としての名称使用権の侵害の二点でした。
 一審の地方裁判所は不正競争防止法の適用を認めましたが、二審の高等裁判所は、不正競争と名称権侵害の両方を否定しました。最高裁は高裁の結論を採用して、権利侵害を否定しました。
 ただし、最高裁は、宗教法人の活動全部に不正競争防止法が適用されないとしたわけではありません。「宗教儀礼の執行や教義の普及伝道活動等の本来的な宗教活動」には適用されないが、「それ以外の(例えば、境内地を駐車場として貸し出して収益を上げるような)収益事業」には適用されるとしています。これは、不正競争防止法が「経済収支上の計算に基づいて行われる活動分野での競争を公正の理念に基づいて規制しようとする目的」の法律であることによる適用場面の限定をした判断であり、司法として、宗教活動の自由に従前からかなりの配慮をしている傾向の一環でもあるとみられます。

 このような宗教活動に対する司法の抑制的な姿勢は、名称権侵害の判断にも影響しており、最高裁は、「多少の不利益があっても」本件の程度では、まだ名称権侵害ありとは言えないとの判断を示しています。本件のような場合には、同一の名称使用の事実だけではなくて、その名称使用により、包括法人側にも現実の経済的被害(たとえば、教義を混同されて、週刊誌等から名誉棄損を受けたとか、誤認によって一般信者が離反したとか)が発生したことまで立証できなければ、法的な損害賠償や名称使用の差し止めを求めることはできないと考えられます。

 Tがこの裁判でいったいいくらの弁護士費用を払ったのかは知りませんが、不正競争防止法を持ち出すのはかなりの無理があったように思われます。
 特に、宗教団体の内紛に対して、裁判所は信教の自由の観点から、積極的な判断を回避する傾向にあります。一般の事業会社にあっても、たとえば、「二人の社長候補のうち、どちらが適任か」などという問題を裁判所で争うことはストレートには不可能です。そのような事案では、手続きの瑕疵を主張したり、職務代行者選任申立のなかで、実質的な不都合を多数列挙して主張立証していく必要があります。
 裁判所だからといって、なんでもかんでも判断するのではなく、あくまでも憲法以下の法規範の適用を判断しているわけです。


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