第一 はじめに
遺留分について民法の原則を修正した規定がメインディッシュですが,これは来年3月1日からの施行なので,当面お預けです。しかし,附則で,様々な前処理がされているので,この適用を受けるための準備も忘れないようにしましょう(規則附則2条など)。また,代表者・経営者個人への融資制度はすでに始まっていますので,活用できるかどうか検討しましょう。では,法律の条文に沿って,逐条解説風に説明していきます。
第二 総則
1 この法律の目的(法1条)
事業活動そのものと,就業機会の面で中小企業が経済基盤であることを認め,代表者や資本提供者などのキーパーソンの死亡で発生する相続問題により企業継続の円滑が害されないようにしようとした経済関連立法です。具体的には,遺留分に関する民法の特例を設け、税負担を減らして会社資産の散逸を防ぎ,事業承継に関連して生じる資金需要に対する供給要件を定めて資金面から事業継続をバックアップしようとしています。
すべての中小企業を一律救済しようとするものではなく,財政負担も伴うことから,細かい要件や書類提出,経済産業大臣の認定などの規制手法がとられ,救済対象を必要な企業者に絞り込もうとしています。現時点では,中小企業の相続問題にどの程度のバリエーションが現れるのか不明であり,本法施行後,要件の細部でいろいろな問題が生じる可能性があります。
2 どんな会社・個人が対象になるのか(法2条,施行令)
本法が対象とする「中小企業者」の範囲を定めています。会社も個人も対象になります。
会社は,資本金・出資基準と,従業員数基準,業種基準の三つで区分されています。個人は,従業員数基準と業種基準の二つで区分されます。文章ではわかりにくいので,表にしてみました
資本金・出資総額 | 従業員 | 業種 |
三億円以下 | 九百人以下 | ゴム製品製造業(自動車又は航空機用タイヤ及びチューブ製造業並びに工業用ベルト製造業を除く。) |
三億円以下 | 三百人以下 | 製造業、建設業、運輸業その他の業種,ソフトウェア業又は情報処理サービス業 |
一億円以下 | 百人以下 | 卸売業 |
五千万円以下 | 二百人以下 | 旅館業 |
五千万円以下 | 百人以下 | サービス業 |
五千万円以下 | 五十人以下 | 小売業 |
以上のいずれかに当てはまる会社・個人が本法の適用を受けられます。
資本金・出資基準は会社の決算書上の資本金の額です。個人の場合には問題になりません。
従業員基準は,「常時使用する従業員の数」となっており,臨時雇用社員を含みません。
業種基準は,「主たる事業」となっており,複数の事業を経営している場合は,そのうちの基幹事業の種類で判断されます。自分の事業がどれにあたるか分からないときには,中小企業庁のサイト(http://www.chusho.meti.go.jp/soshiki/teigi.html)を参考に,どの分類にあたるのか調べてみて下さい。
第三 支援措置
1 支援措置を使うとどんなことができるのか
第二章については,施行期日がまだ来ていませんので,後で説明することにして,本年10月1日から施行されている第三章を先に説明しましょう。
第三章は,「支援措置」とタイトルがついています。これは,中小企業経営者の個人資産が事業に使われている場合などで,これを事業者が承継のために取得する費用などを一定の要件のもとで融資しようとする仕組みです。融資は日本政策金融公庫 http://www.jfc.go.jp/)が担当します。
2 経済産業大臣の認定(法12条)
まず,一定の支援要件に該当することを経済産業大臣に認定してもらわなければなりません。この認定は行政裁量に基づくものですが,法律・規則には,次の通り,裁量基準が示されています。当事者の関係が複雑になりますので,はじめに概念図を書いておきます。
会社も個人も抽象的支援要件は「事業活動の継続に支障が生じていると認められること」であり,どのような場合にそれにあたるかは,法令で定めています。しかし,規則にも概括的規定があり,現に事業活動の継続に支障が生じていることを認定してもらえるかどうかは,経理担当者・税理士・会計士・弁護士のスキルが役立つ場面となるでしょう。なお,会社については,上場会社等でないという要件も付加されます。
3 支援要件
ケース1(法12条1項) 代表者資産取得
経営承継に伴って,新しい代表者・経営者が前の代表者・経営者から事業用資産を取得するために多額の費用が必要になるケースです。
なお,経営承継という表現を使っていて,事業承継と言っていないのは,いわゆる営業譲渡との違いを意識したものです。
また,事業用資産とは,不動産(土地・建物又はこれらに関する所有権以外の権利 地上権,賃借権など),動産,当該中小企業者に対する貸付金及び未収金を含む概念です(規則1条8号)。
ケース2(施行規則6条1項1号,3項1号) 代表者外資産取得
経営承継に伴って,代表者・経営者以外の者から事業用資産を取得する必要が生じるケースです。多額要件がないのは,自己取引の側面が薄いことからだと推測されますが,配偶者財産などの場合には,ケース1に類する取り扱いになるおそれはあります。
ケース3(施行規則6条1項2号,3項2号) 税負担
代表者・経営者に相続税・贈与税負担が生じるケースです。個人の場合は多額要件がなく,会社の場合には後に述べるケース7(施行規則6条1項7号)と違って,多額要件があります。
ケース4(施行規則6条1項3号,3項3号) 売上減少
代表者・経営者が交替してからの3ヶ月間の売り上げが,前年同期の3ヶ月間の売り上げよりも2割を超えて減少したケースです。条文上は,「~見込まれること」となっているので,実際に3ヶ月を経過しなくても,最初の一月で大幅に減少していれば,この要件に適合する可能性はあります。
ケース5(施行規則6条1項4号,3項4号) 取引条件悪化
仕入れ先の取引条件に不利益変更があったケースです。
会社の場合には,仕入れ総額の2割以上を占める仕入れ先から条件変更をされたことを要しますが,個人の場合には,仕入先が一社でも不利な条件変更を申し入れてくれば,このケースに該当します。
ケース6(施行規則6条1項5号,3項5号) 与信条件悪化
金融機関からの与信条件が悪化したケースです。
ここでいう金融機関は,いわゆる銀行,信用金庫,信用組合,労金,農協,公庫等であり,いわゆる消費者金融や高利の事業者金融業者は含まれません。また,会社・個人いずれの場合でも,借入金総額の2割以上を借りている金融機関からの与信悪化でなければ対象になりません。しかし,この融資割合要件については,現実の中小企業運営からすると,やや厳しい要件との感は否めません。
ケース7(施行規則6条1項6号,3項6号) 相続対策資金
条文のイはいわゆる代償分割,ロは遺留分減殺を意味します。内容は,確定判決,裁判上の和解,家事審判確定,調停成立のほか,裁判外の和解でもよいので,当事者間で作成した合意書(せっかくですので,第二章の要件を満たす内容にしておきましょう)でも足ります。中小企業の社会的意義(法1条)を尊重して,円滑な当事者間の合意が望まれます。
ケース8(施行規則6条1項8号,3項7号) 救済規定
経済産業大臣には一定の行政裁量がありますので,上記に当てはまらなくても,それらに類するような状況で事業活動の継続に支障があれば支援しようとする救済規定です。上記に掲げるもののほか,どのようなパターンが現れるかは施行してみないと分からないこともあり,このような要件があるのですが,この適用については,今後の行政実例の積み重ねで範囲が定まっていくと思われます。
ケース9(施行規則6条1項7号) 会社の通常税負担
会社のみ適用される規定です。ケース3の税負担型に似ていますが,1項2号と違って「多額」要件がありません。そのため,この法律の目的から救済すべき会社を絞り込むために,次のとおり,8項目の適用要件を設けています。
(1)風俗営業会社に該当しないこと。
趣旨は分かりますが,これで生計を立てている人もいるので,あえて除外するのは,憲法論的に問題ありかとは思います。
(2)資産保有型会社に該当しないこと。
資産保有型会社とは,特定資産(要は事業に関係のない余裕資産)が,会社の資産の7割以上を占める会社です(詳しくは規則本文参照)
(3)資産運用型会社に該当しないこと。
資産運用型会社とは,上記の特定資産を運用した収入が全体の75%以上を占める会社です。
なお,このロ,ハ要件については,みなし規定(規則6条2項)があるので,みなし要件の該当性を示せば,ロ・ハの会社に当たらないことが認められます。事業の実態があるかどうかという点から規定していますが,特に3号要件は,いわゆるベンチャー企業の特殊性を考慮した緩和規定になっています。
みなし要件
一 事務所、店舗、工場その他の固定施設を所有し、又は賃借していること。
二 常時使用する従業員の数が五人以上であること。
三 経営承継相続人の被相続人の死亡の日において、三年以上継続して、自己の名義をもって、かつ、自己の計算において次に掲げるいずれかの行為をしていること。
イ 商品販売等(商品の販売、資産の貸付け又は役務の提供で、継続して対価を得て行われるものをいい、その商品の開発若しくは生産又は役務の開発を含む。以下同じ。)
ロ 広告又は宣伝による商品販売等に関する契約の申込み又は締結の勧誘
ハ 商品販売等を行うために必要となる資料を得るための市場調査
ニ 商品販売等を行うに当たり法令上必要となる行政機関の許認可等(行政手続法(平成五年法律第八十八号)第二条第三号に規定する許認可等をいう。)についての同号に規定する申請又は当該許認可等に係る権利の保有
ホ 知的財産権(特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利をいう。以下同じ。)の取得をするための出願若しくは登録(移転の登録を除く。)の請求若しくは申請(これらに準ずる手続を含む。)、知的財産権等(実施権及び使用権を含むものとし、商品販売等を行うために必要となるものをいう。以下同じ。)の移転の登録(実施権及び使用権にあっては、これらの登録を含む。)の請求若しくは申請(これらに準ずる手続を含む。)又は知的財産権若しくは知的財産権等の保有ヘ商品販売等を行うために必要となる資産(第一号の固定施設を除く。)の所有又は賃借
ト イからヘまでに掲げる行為に類するもの
(4)当該中小企業者の直近の事業年度における総収入金額が零を超えること。
1円でも収入があれば,赤字決算でも適用されます。
(5)当該中小企業者の常時使用する従業員の数が一人以上であること。
一人でも従業員があればいいのですが,臨時雇用は除外されますので,要注意です。
代表者が従業員を兼ねる場合にも適用を認めて差し支えないと思われますが,結論は施行後の行政解釈によります。
(6)当該中小企業者の特別子会社が上場会社等、大法人等又は風俗営業会社に該当しないこと。
この要件の意義については,前述のとおりです。
(7)経営承継相続人であること。
経営承継相続人の要件は次の5項目です。いずれの要件も,法15条の指導助言を必要とするかどうかの観点から絞られているものですが,本来はここまで絞る必然性はありません(行政実務の便宜を考慮した規定です)。
①相続又は遺贈で当該中小企業者の株式等を取得した代表者(代表権を制限されている者を除く)であって,同族関係者と合わせて当該中小企業者の総株主等議決権数の過半数の議決権数を有し,かつ,当該代表者が有する議決権数が,ほかの同族関係者の誰よりも多いこと。
*同族関係者の定義は規則1条9項で定められています(実質的な利益共通性から,かなり広い範囲に及びます)。
②規則15条1項の確認(後注参照)を受けた当該中小企業者の当該確認に係る特定後継者(要は,経営承継の候補者)であり、かつ、当該代表者の被相続人(遺贈をした者を含む。以下同じ。)の死亡の直前において当該中小企業者の役員(取締役,執行役員,会計参与,監査役)であったこと(次に掲げるいずれかに該当する場合を除く。)。
(ⅰ)当該代表者(二人以上のときは,だれか一人を指名する必要があります)が、被相続人の親族であり、かつ、当該被相続人が六十歳未満で死亡した場合
(ⅱ)当該代表者が、その被相続人の親族であり、かつ、当該被相続人の死亡の直前において当該中小企業者の役員であった場合であって、当該被相続人の死亡の直前において当該代表者が有していた当該中小企業者の株式等に係る議決権の数と相続(公正証書遺言で分割方法が定められたものに限る)又は遺贈(公正証書遺言で特定名義で行われたものに限る)により取得した当該株式等に係る議決権の数の合計数が,総株主等議決権数の過半数であるとき。
(ⅲ)当該特定後継者が死亡した場合であって、当該代表者が規則15条1項の確認を受けた当該中小企業者の当該確認に係る新たに特定後継者となることが見込まれる者であるとき(規則14条6号参照)。
③当該代表者の被相続人の死亡の日から法12条1項の認定申請日までの間に,当該代表者がその被相続人から相続又は遺贈により取得した当該中小企業者の株式等の全部又は一部を譲渡していないこと。
④当該代表者の被相続人が第十五条第一項の確認を受けた当該中小企業者の当該確認に係る特定代表者(第十四条第四号の特定代表者をいう。)であったこと((2)(ⅰ)又は(ⅱ)のいずれかに該当する場合を除く。)。
⑤当該代表者の被相続人が、その死亡の直前において、当該被相続人に係る同族関係者と合わせて当該中小企業者の総株主等議決権数の過半数の議決権数を有し、かつ、当該被相続人が有する当該中小企業者の株式等に係る議決権の数がいずれの当該同族関係者(当該中小企業者の経営承継相続人となる者を除く)の誰よりも多いこと。
注* 法15条の指導助言について「中小企業者であって,その代表者の死亡等に起因する経営の承継に伴い,従業員数の減少を伴う事業の規模の縮小又は信用状態の低下等によって当該中小企業者の事業活動の継続に支障が生じることを防止するために,多様な分野における事業の展開,人材の育成及び資金の確保に計画的に取り組むことが特に必要かつ適切なものとして経済産業省令で定める要件」として,規則14条に要件が定められ,それに該当するものは,規則15条に従って,経済産業大臣から要件に該当している旨の確認を受け,行政の指導助言制度を利用することができます。
(8)当該中小企業者が種類株主総会を要する種類株式を発行している場合(会社法108条1項8号)は,当該株式を当該中小企業者の代表者(当該中小企業者の経営承継相続人に限る。)以外の者が有していないこと。
第二章の解説は後日と致します。
本日はこれまで。
参考サイト
中小企業庁 http://www.chusho.meti.go.jp/
日本政策金融公庫 http://www.jfc.go.jp/
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