民事訴訟の提起や,法廷での言動・提出した書面の陳述などが相手方に対する不法行為になるのはどんなとき?
「不当訴訟」「濫訴」という言葉をよく耳にする。
そもそも,相手の請求が確かに不当なのであれば,その裁判で争って勝てばいい。裁判で勝った者が,その裁判の原告であった者に対して,逆に訴えて,提訴そのものが不法行為だとして損害賠償をするようなことは,私の美意識からすると,「勝てば官軍」的な横暴・過剰防衛であり,はっきり言って無粋であるから,あまり気乗りのしない裁判である。
しかし,相手の提訴が,真にでたらめで不当な提訴なのであれば,わざわざ応訴して,出廷して弁護士費用も持ち出しになって(…よく誤解されるが,被告事件の判決で勝訴して「訴訟費用は原告の負担とする」と裁判官が述べても,被告の依頼した弁護士への報酬等は原告の負担にならないので,被告の持ち出しになる。)腹が立つのも無理からぬことだろう。
そこで,今回は,「不当な提訴」にあたるのはどのような場合か,また「不当な提訴」によって勝訴した被告が被る損害の内容について考えてみたい。
この問題点については,すでに最高裁判例(最三小判昭63・1・26民集42巻1号1頁)があり,そこでは,次のように言われている。
「民事訴訟を提起したことが相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利または法律関係が事実的法律的根拠を欠くものである上,提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。」
一般論としては,①提訴者の主張した権利・法律関係に事実的・法律的根拠がないこと。②提訴者が①のことを知っており,または(弁護士や裁判官等の専門家のレベルではなく)通常人であれば容易に知り得たのにあえて提訴したなどの著しく相当性を欠くとき。に提訴が違法行為になるとされているが,抽象的すぎてよく分からない。
そもそも,この最高裁判例の事案はどのようなものだったのか。
発端となった裁判(前訴)は,土地の(実質的)所有者・売主であるYが,売却対象土地を過小測量した土地家屋調査士Xを訴えた件である。その土地家屋調査士Xは,前訴の控訴取り下げによるX勝訴確定後に,前訴は不当訴訟だと主張して,Yを逆に訴えた。まさに訴訟合戦そのものだが,最高裁はこの合戦の勝者を最終的にYと定めた。
ちなみに,一審の静岡地裁昭和59年3月23日判決は,前訴は不当訴訟ではないと判断し,最高裁同様にXが敗訴した。
同裁判所の認定事実は次の通りであった。
「本件土地は,もとA社の所有であったが,Aが破産し,ブローカーKを通じて,破産管財人からYに対して代金1億500万円で売渡された。Yはこの物件を転売目的で購入したので,Kを通じて買主Bに対して,坪当たり金5713円の実測売買の約定で売却することにした。YはBとの契約書に名前を出さず,売主名義をKとし,内金9000万円もKを通じてBから受領した。なお,売買単価は,3000~5000坪の縄伸び(実測値が公簿値より大きくなること)があることを予測して割安に定めていた。
Yは,Bの親族にあたるXに実測を依頼しようと考え,B社にその伝達を頼んだが,BはYに測量日を伝えなかった(編者注:この部分が控訴審では違う事実認定になっている)。
Xが本件土地の測量に臨んだところ,現場にはBとKしか居なかったので,XはKらに対して,隣接土地所有者らの立会で境界確定しないと測量はできないとして一旦は断ったが,Kらが,取引の資料にするにすぎないから周辺をKの指示する測点に従って測量して,その内にくい込んでいる他人所有地(実測面積は公簿面積より少ない)については公簿面積を(つまり実測よりも過大に)控除して算出する(測量結果は,結果的に実測値よりも過小な数値になる)方法で測量してほしいと言われ,そのとおりの方法で,本件土地の面積を15,191坪と算出した。
他方,Yは,売買契約締結直後ころ,Kらが過少測量して代金を少なくし,その分を山分けしようと画策していることを察知し,YはKよりXにおいて精算金受領権限のあることを示すY・K間の覚書およびK名義の委任状をとりつけていた。
Xは,Kらが指示したとおりの方法で測量した測量図と面積計算書をBに交付したが,BはXに対し,右測量図等をYに渡さないよう希望した(編者注:この事実認定は控訴審にはない)。
Yは,Xに対し測量図の交付を求めたが拒まれたので,別の業者に測量させ,それに基づきBに精算金544万5000円の支払を求めたが,BはXの測量を主張して,逆に過払金224万6310円の返還を求めて,話が付かなかった。
その後KとBはYに内密に,別の業者に測量させ,Yの知らないうちに勝手に精算をすませてしまった。」
つまり,ブローカーKと買い主Bとが結託して,Xに指示して過小測量をさせ,Yが受け取るべき実測相当の代金を勝手に値切ったという事実を認めたわけである。
一審の認定によれば,YはK・B・Xなどの玄人にだまされた可哀想な被害者であり,Xは,K・Bにそそのかされて国家資格者にあるまじきいいかげんな測量業務をした不届き者である。このような事案で,なぜXがYを訴えることができるのか不思議に思うほどである。
しかし,控訴審(東京高等裁判所昭和59年10月29日判決)では,Xの主張が認容されてしまった。一体なにがどう変わったのだろうか。
本件土地がブローカーKを通じて,Yに渡り,Bに対して坪当りの価格金5713円の実測売買の約定で売り渡され,手付金9000万円が支払われたところまではほぼ同じである。しかし,控訴審のその余の事実認定は,次の通り,原審地裁とはかなり異なっている。
「Yは,売買契約の翌日,KがBに働きかけて,本件土地の実測面積を実際よりも少なくし,少なくした分の代金相当額を両者で折半しようとしているとの情報を入手したので,早速,Kとの間で,本件土地の実際の所有者はYである旨の覚書を取り交し,KにBからの残代金をYが直接受領するための委任状を差し入れさせ,Bに対し,内容証明郵便で本件土地の実際の所有者はYであるから残代金はYに支払ってほしいこと,本件土地の実際の所有者がYであることを裏付ける証拠として,右覚書及び委任状の写を別便で送付することを通知した。しかしながら,Bは,本件土地の売込みから売買契約成立の過程を通じて交渉に当ったのは主としてKであったし,売買契約もKがしたことから,売主はKであると認識していた。
売買の際,Kは,Bに測量を依頼し,BはXの名を挙げてKの了解を取り,B名義でXに本件土地の測量を依頼した。」
Xが,BとKの指示で,境界確定もせず,測量域に含まれる他人土地の公簿面積を概算実測値から控除する方法で測量し,その後独自に測量をやり直したYが,Bとの間で,代金精算について紛争になったとの事実認定は原審と同一である。
控訴審事実認定の要点は以下の部分である。
「(Bが清算金支払いに応じないので),Yは,責任追及の矛先をXに向け,Xに対し内容証明郵便でXに測量を依頼したのがYであることを前提に,その測量結果の誤りによる損害として,金500万円を請求したが,Xが,Bの依頼に基づきKの指示に従って実施したから,XY間には直接のかかわりがないとして,支払を拒絶したので,前訴を提起するに至った。
…(中略)…
右事実によれば,Xに対し本件土地の測量を依頼したのはBであって,XY間には右測量に関し委任請負等の契約関係は存在しないのであり,XはKの指示に従い,その測量結果がBK間の売買資料に供されるにすぎないとの認識のもとに,本件土地の測量を実施したのであって,このことはBも了承しているところというべきであるから,たとえ,Xが実施した測量の結果算定された本件土地の面積が実際のそれより少なかったからといって,YがXに対し委任請負等の契約上の責任はもとより,不法行為上の責任も問い得ないことは明らかであり,Yが前訴で敗訴したことは,けだし当然のことといわなければならない。
原審におけるY本人尋問の結果によれば,Yは,前訴の提起当時,Bとの本件土地の売買における売主はKではなくYであり,Xに対する本件土地の測量の依頼もBを通じてYがしたものであるとの認識を持っていたことが認められるが,しかし,これはYが本件土地の実質上の所有者であったことから発したYの全くの主観的認識にすぎず,現にYは,測量図面等が作成されるまでの間にXとは一面識もなく,本件土地の測量について,Xに対し何人が,どのような依頼や指示をしたかについてさえ,ほとんど客観的な事実認識を有していなかったことは右証拠に照らして明らかである。
そうだとすれば,Yは,前訴の提起に先立ち,まず,Xに対し測量図面等が何人の,どのような依頼や指示に基づいて作成されたかについて,事実の確認をすることが通常人の採るべき常識に則した措置というべきであり,そのような措置を採っていれば,Yは,容易に先に認定した測量図面等が作成されるまでの経過事実を把握することができ,したがって,Xに対し本件土地の測量につき損害賠償の請求をすることは,本来,筋違いであることを知り得たものというべきである。
それにもかかわらず,Yは,先に認定のとおり,Bに対し自己の依頼した専門業者の測量結果をもとにした残代金の精算を要求して拒否されるや,矛先を転じてXに金500万円の損害賠償の請求をし,これも拒否されると,いきなり前訴提起の挙に出たものであって,Yは,前訴の提起当時,前述した事実確認の措置を怠らなければ,Xに対する請求が埋由のないことを知り得たものであるから,Yによる前訴の提起はXに対する不法行為を構成し,したがって,YはXに対しそのために蒙った損害を賠償すべきである。
…(中略)…
そのほか,Xは,前訴の提起によりその主張のような精神的損害を蒙ったと主張するが,右損害は,Xが前訴において勝訴し,また,本訴において前訴に要した弁護士費用に相当する損害全部の賠償請求が認容されればひとまず満足を得られるものと考えられ,ほかに特段の事情の認められない本件においては,右精神的損害を独立に賠償の対象とするまでの必要はないと解されるから,この点に関するXの請求は理由がない。」
控訴審ではYの前訴での敗訴は当然と断じている。確かに,契約責任はそうだろう(おそらく前訴の一審判決理由も同じと見られる)。しかし,不法行為責任も全く成立しないのか?
本件では,実測の利益が(縄伸び等により)Yの側にあるから,Yが自己を測量依頼者であると認識していたことを,控訴審認定のように「全くの主観的」と切り捨てていいのか疑問がある。清算金を期待するYは,積極的に測量を望むはずであり,そのことは,KもBも当然認識しているはずである(KもBも代金をYに払うことを約している)。そうだとすれば,Bを通じてYの存在を知っている(編者注:この部分は重要事実であるのに,いずれの判示からもあいまいでよくわからないのは残念だが)はずのXが,実測取引と言いながら,なぜ隣地の立会もなしに,実測より過小な数値を出さなければならないのか,専門家として,一度は測量を断るほどに,その意味を理解していたのであれば,K・Bの言いなりになって,過小測量を実施したこと,その測量結果をBがYに主張して,過払金の返還まで要求されて円滑な取引を害されたこととの間には因果の流れがあり,Xとしても自分は無関係だとまで断言できないのではないだろうか。
Yの属性が分からないので,決めつけはできないが,普通,Yの立場で,KやBなどの仲介者・相手方を信用して取引していればこそ,あえて誰が測量するかとか,どういう指示をするかなどといちいち気にしないのも自然なことだろう。KやBがXを完璧に騙して過小測量させたのかもしれないし,Xは測量結果がYに対して主張される可能性を認識しながら過小測量したのかもしれない。それは,いくらYがXに問いただしたところで,いずれにしろXの内心の問題であって,提訴前に真実を知ること(しかも,ここでいう真実とは「裁判官の目に映る」真実であって,「歴史的事実としての」真実ではないことに留意したい)は非常に難しいのではないだろうか。もし,控訴審が言うように,Yが事前にXと接触して,Xが誰からどんな指示を受けたのか知ったとしても,その内容に憤慨することはあっても,XがKやBと結託していた可能性が皆無であることまでは確定的に知ることはできないはずだ。
このように考えてくると,果たして,本件の事案で,提訴者Yが「(自己の主張する)権利・法律関係に事実的・法律的根拠がないこと」を「(弁護士や裁判官等の専門家のレベルではなく)通常人として,容易に知り得た」といえるのかどうか,極めて疑問である。おかしなことに,実際は一審裁判官と控訴審裁判官で判断が違っているのに,そんな判断を「通常人」に要求してもいいのだろうか。
果たして,最高裁判決は,Yの上告を容れ,Xの主張を認めなかった。
それにしても,なぜ,高等裁判所は一審を逆転させてまで,(なおかつ,経験不足の私でさえすぐにおかしいと思えるような判断内容で)Xを勝たせたのか。おそらく,高裁の裁判官は,前訴の判決でYが敗訴しているので,Y悪人説に立ってしまったのかもしれない。高裁はYが「通常人」としての判断を誤ったと決めつけたが,そもそもいわゆる「訴訟マニア」ではない「一般市民(通常人)」が,自分に何の権利もないことを知り,あるいは予期しながら,誰かへの腹いせのためにわざわざ裁判を起こしたりするだろうか。「裁判所の常識」はときとして「世間の非常識」であったりするが,本件東京高裁判決はまさにその典型かもしれない。
最高裁はX主張を棄却したので,不当訴訟の場合の損害論には言及されなかった。
前掲東京高裁は,不当訴訟の被害は弁護士費用相当の経済的損害を原則とし,応訴負担等の精神的損害は,特別の事情がない限りは,前訴の勝訴によって償える程度のものであると述べて,Xの精神的損害請求部分を棄却しており,私見であるが,この理屈そのものは,正当と考えている。
被告事件への応訴は,その請求が正当であれ不当であれ,いずれにせよ精神的には大いに負担となるものであるが,原告の請求が被告からみて不当であれば,その怒りは倍増するだろう。しかし,不当訴訟の定義から明らかなとおり,不当訴訟における侵害には過失から故意まで幅があり,訴訟上の主張のうち,その被告が苦痛を被ったのは,原告主張の直接事実なのか間接事実なのか,もしくは訴訟とは関係ない単なる事情としての主張なのか,これまた広い幅がある。従って,一律に精神的損害を見積もることは極めて難しい。なにより,名誉毀損の観点からみると,争訟の結果,被告主張事実を確定判決という形で世に出すことができるのだから,かなりの部分で被告の精神的損害は(一時期存在したとしても)回復されているといっていいだろう。
もっとも,「特別の事情」としてどんな場合がありうるのか,考えてみると結構難しい。
たとえば,主張事実の内容について極めて悪質な虚偽作出があった場合を考えてみる。確定判決がそのような事実を否定し,公に確定してしまう効力からすれば,一般的に,仮に当該訴訟係属中には精神的苦痛があるかもしれないが,判決確定により,最終的にはかなりの部分が慰謝されると評価すべきであろう。また,主張内容自体が事実と違っているというだけでなく,侮辱的・名誉毀損的であれば,それはそのこと自体を不法行為として問題にすべきであり(訴訟上,訴訟外を問わず),ここで問題にしている不当訴訟とは別次元の問題であろう。東京高裁の理屈でいくと,不当訴訟が精神的苦痛の慰謝料を発生させるほどの「特別の事情」は,ほとんどないと思われる。
最高裁判例の評釈で指摘されているとおり,本件(最三小判昭63・1・26民集42巻1号1頁)は被告勝訴確定後の別訴による賠償請求が問題になった事案であるから,前訴係属中の応訴において,相手方提訴もしくは訴訟中の主張等が名誉毀損等の不法行為であると指摘する事案については,射程範囲外と思われる。
そこで,以下では「裁判中に作成・提出した準備書面や陳述書の記載内容が名誉毀損(不法行為)となるのはどのような場合か」について考えてみる。
訴訟手続内での準備書面や陳述書の記述による中傷行為については,もし,その中に,相手方やその代理人の名誉を毀損するような行為が多少なりともあったとしても,それが訴訟における正当な弁論活動と認められる限り,違法性がないものと解すべきである。
しかし,当初から相手方当事者の名誉を侵害し,又は相手方当事者を侮辱する意図で,ことさら虚偽の事実又は当該事件と何ら関連性のない事実を主張する場合や,あるいはそのような意図がなくとも,相応の根拠もないままに,訴訟追行上の必要性を超えて,著しく不適切な表現で主張し,相手方の名誉を害し,又は相手方当事者を侮辱する場合などは社会的に許容される範囲を逸脱したものとして違法性を阻却されない。この言い回しは裁判例によって多少違っており,最高裁判例は見あたらないが,ほぼこのようなまとめ方でよいと思う。
この問題に対する裁判例を次に概観しておく。
<問題となった表現一覧と判決結果>
東京地方裁判所平成15年(ワ)第17018号(不法行為否定 表現限度内)
「余罪を摘発された犯人が摘発を非難すると同じであり,その厚顔無恥さ加減には呆れ果てるのみである」
「明らかな虚偽の,且つ子供騙しのような,とぼけた主張,立証」
「嘘の主張・立証を法廷で平気で行うような,極めて不届きな業者であり(中略)そもそも主張は全て「マユツバ」と考えても当然」
「…裁判所及び相手方を騙そうとしたものであり,まさに弁護士としてあるまじき卑劣極まりない行為を犯した」
「…虚偽の主張・立証を平然と行うという程の鉄面皮ぶりであり(中略)平然と嘘の主張を繰り返す悪質な企業であり(中略)嘘つきの主張はそもそも根底から信用できる筈がない」
東京地方裁判所平成12年(ワ)第15615号(不法行為否定 真実性あり)
本件授業1について(あ)原告が報告を始める際,「この大学院は学部並みのレベルなので,相応にごく簡単に説明します」というようなことを言った。(い)原告の報告の内容は実に簡単・単純で,ほんの数分間で終わった。(う)原告の報告終了後,丙野教授は,原告の前記発言に対し「そのようなことを言うべきではない」と注意した。出席していた何人かの本大学院生も,「侮辱的発言を撤回すべきである」と抗議した。(え)前項の注意や抗議に対し,原告が,「この大学院の奴等は程度が低い」と発言し,その後も丙野教授や本大学院生に対する侮辱的発言を続けたため,授業を続けられる状態ではなくなった。
本件授業2について(あ)原告が報告を始める際,「本当は発表したくないが,仕方なく発表する」というようなことを言った。(い)出席していた本大学院生の丁野と戊野からの質問に対し,「程度の低い質問には答えられない」「自分の発表とは関係のない質問だ」「もっと勉強してから質問しろ」との発言を続け,授業を続けられる状態ではなくなった。
水戸地方裁判所平成9年(ワ)第379号(不法行為認容 不相当)
「通常人と異なった性格を有し…」
「通常人と著しく異なった性格を有し,…これ将に狂人沙汰といわなければならない。…無軌道極まる行為を敢えてしている」
「異常的・狂信的な者がいて…」
「…かかる狂人に近いと思われる工作をした…将に誇大妄想狂である。異常な心理・通常人の常識をもってしては到底理解し得ぬ…」
「…狂信しきった異常性がもたらすものでこれにきく妙薬はなかったわけである。異常性が出て来てから異常行動に出た…」
「通常人と異なった性格の持主であった」「通常人と著しく異なった性格を有した」
「…如何に常識を逸した狂人的行為をするか等を立証し,被告家の異常性を帯びていることも立証する」
「…将に狂人の沙汰である」
「…狂人の沙汰というべく密かに前訴の主体である」
「この一点から…が異常人格者であることの一端を示す」
「その家族の中に一種の異常行為に出る者が表れ,…誇大に空想する一種の病的症状に陥り…狂信的になった…」
「その行為は狂信的な違法行為であるとしか考えられない」
「…豹変し,狂信的行為を取るようになった。…が通常人でないことに…」
判旨:そのような表現をする訴訟上の必要性があったとは認められないし,その記載について相応の根拠があったとも認められない
東京地方裁判所平成9年(ワ)第21854号(不法行為否定 相当性・真実性あり)
(差出人不明の手紙に関し,被告本人尋問の次の供述)
問 あなたはこの手紙を原告甲野太郎が書いたと思っていますか。
答 最初読んだときは文字が女文字だと思いましたけど、内容は太郎らしいと思いました。
問 あなたは太郎が女性に書かせたと思っているのですか。
答 多分そうではないかと思います。
(陳述書での次の記述)
「…夕方電話のベルが鳴りましたが何の応答も有りません。無言電話でした。私は亡夫の誕生日だったのでなんとなく感じで太郎さんだなと思いました」
判旨:当事者主義、弁論主義を基本的理念とする我が国の民事訴訟法の下では、当事者が、その信ずるところにしたがって自由に忌憚のない主張、立証(弁論活動)を尽くしてこそ、訴訟が活性化し、事案の真相を解明し私的紛争の適性迅速な解決をはかるという民事訴訟の目的が達し得るのであって、このように対立当事者に攻撃防御の機会を十全かつ対等に与えることは、それ自体が公正な裁判のための基本原則(双方審理主義)として古くから採用されてきたところであり、現行民事訴訟制度においても口頭弁論主義を採用して、これを徹底した形で保証しているのであるから、民事訴訟における主張立証行為(弁論活動)は、一般の原論活動以上に強く保証されなければならないのである。そこで、一方当事者の主張立証行為が、相手方の名誉を毀損するものであり、その後の審理において右主張事実が真実と認めることができなかった場合でも、これをもって直ちに名誉毀損として違法なものであると評価することは相当ではなく、訴訟上の主張は、これが一見妥当性を欠くように見えても、その当事者において、特に故意に、しかももっぱら相手方を誹謗中傷する目的の下に、ことさら粗暴な言辞を用いて主張立証行為を行なったような特段の事情がない限りは、原則として違法性は認められないと解するのが相当である。
このような観点から判断すると、別件訴訟の供述や別件陳述書の記載は、その内容自体から、右違法性があると認められる要件を充たすに至っていない。
東京地方裁判所平成9年(ワ)第24755号(不法行為否定 相当性あり)
「原告は性格異常」と記載した準備書面を提出
法廷で担当裁判官に対し「原告は趣味で訴訟をしている」などと発言
東京高等裁判所平成9年(ネ)第2459号(不法行為否定)
高裁判決で事実認定不詳
判旨:我が国の民事訴訟制度は、当事者主義及び弁論主義を基本理念としている。訴訟制度の目的は、事件の真相を解明し、私的紛争の適正な解決を実現することにあり、法曹の一員である弁護士の訴訟活動も、この目的の実現に資することが要請されることはいうまでもない。しかし、当事者から訴訟代理を受任した弁護士としては、委任者たる当事者のために、その立場に立って主張・立証活動を尽くすべき責務を負うのであり、当事者双方の代理人が当事者主義と弁論主義の下にその活動を尽くすことによって、右の目的の実現が図られることが期待されているのである。そして、民事訴訟は、私的紛争を対象とするものであることから、必然的に、当事者間の利害関係が鋭く対立し、個人的感情の対立も激しくなるのが通常であり、したがって、一方当事者の主張・立証活動において、相手方当事者やその訴訟代理人その他の関係者の名誉や信用を損なうような主張等に及ばざるを得ないことが少なくない。しかしながら、そのような主張等に対しては、裁判所の適切な訴訟指揮により是正することが可能である上、相手方には、直ちにそれに反論し、反対証拠を提出する等、それに対応する訴訟活動をする機会が制度上確保されているのであり、また、その主張の当否や主張事実の存否は、事案の争点に関するものである限り、終極的には当該事件についての裁判所の裁判によって判断され、これによって、損なわれた名誉や信用を回復することができる仕組みになっているのである。
このような民事訴訟手続における訴訟活動の特質に照らすと、その手続において訴訟代理人がする主張・立証活動については、その中に相手方やその訴訟代理人等の名誉を損なうようなものがあったとしても、それが当然に名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、相当の範囲において正当な訴訟活動として是認されるものというべく、その限りにおいて、違法性を阻却されるものと解するのが相当である。もとより、当初から相手方の名誉を毀損する意図で殊更に虚偽の事実を主張したり、訴訟上主張する必要のない事実を主張して、相手方の名誉を損なう行為に及ぶなどの場合は、訴訟活動に名をかりるものにすぎないから、その違法性の阻却を論ずる余地はない。しかし、その活動が、当事者の委任に基づき、その訴訟上の利益を擁護することを目的としてされる場合には、その主張するところにつき相当の根拠があると認められる限りにおいて、広くその正当性が認められるものというべきであり、そして、右に述べた訴訟活動の特質に照らして考えれば、その相当性が認められるためには、その主張するところが裁判所において認容される高度の蓋然性の存することまで要求されるものではなく、裁判所において認容される可能性があると考えるべき相当の根拠の存することをもって足りると解するのが相当である。
東京地方裁判所平成8年(ワ)第15863号(不法行為否定 表現限度内)
和解期日で裁判官の面前で文書を示して「これは…甲野弁護士の名誉に関する文書である」「…ぼろぼろにしてやる」と述べた
通知書で,「…を、刑事告訴する」「…は,会社財産について…如何なる不正不当消費しているか測り知れない嫌疑がある」と記載した
別件で,「取下げの合意が成立した。」と虚偽の事実を述べ,その旨の記載のある準備書面を提出した
準備書面で「…は何等正当の理由も無く裁判官忌避中立(申立て)を為し」「全く濫訴と見る他無い本件関連別件訴訟においては虚偽ねつ造の事実の立証を口実として本件訴訟裁判官を証人申請する等およそ常軌を逸する訴訟活動を平然と敢行している」「現行民事裁判制度を機能不全に陥し入れかねない危険をはらむ非違行為と断ぜざるを得ず」「…侮辱中傷等の誹謗をくり返し,…個人攻撃」「…弁護士倫理に反している。」「…卑劣邪道な訴訟行為である」「度重なる侮辱中傷等の誹謗等一連の非違行為」「…裁判官に危害を及ぼすに至り」「…全くの虚偽と徹底した事実歪曲による捏造であり,一読唯々唖然とするばかりである」「…軽々かつ頻々と随処に犯罪者呼ばわりしている。右所為は右弁護士倫理に激しく抵触する非違行為を構成する」「虚偽とねつ造を事としている」「理性と良心を喪失している」「…が原告の虚偽事実ねつ造の資料として悪用された」等と記載
東京地方裁判所平成6年(ワ)第13224号、平成6年(ワ)第21298号(不法行為否定 表現限度内)
「平然と不法行為に加担し,それにより不利益を受けないどころか,利益を享受する職業,そういうことを生業としている人間であると考えられてもやむを得ない」
東京高等裁判所平成3年(ネ)第3627号(不法行為肯定 真実性なし,相当性なし)
「指示を受け入れず,死産になってもいいから,…方に置いて欲しい旨述べて,お辞儀をされてしまった」との供述
東京高等裁判所昭和63年(ネ)第171号(不法行為否定 相当性あり)
「金員を脅し取ろうとしている」「脅し行為」
東京地方裁判所昭和61年(ワ)第9911号(不法行為肯定 相当性なし)
「…守銭奴としてケチで有名な被告が…」
「以上により被告が訴訟狂であり,他人を悩ますことにより自己の快感を満足するといった特異性格の人物であることが容易に判断されるのである」「…は告訴されたので事務所を訪れ,誠に申し訳ない,と土下座して謝罪したと伝えられている」「しかし,被告はその職業も不明,それに右裁判官からの訴訟書類が送達不能となる程の居所も不明確であるからその名誉を毀損されるような社会的地位にもない」
「…被告を言葉巧みに教唆したから被告は軽率且つ濫訴狂の性格を発揮し,原告両名に嫌がらせのために行なったものである」
「被告の非難攻撃は,山窩出身で人を疑うことを日常生活の信条として養育され成長してきただけにその猜疑心に基づく発想である…」「被告が愛人とする積りで口説いたところ,悪僧のような顔をした人相の悪い被告を嫌って…」
「…と言えばあのマンションゴロですかと大阪地方裁判所民事部の書記官全員が口を揃えて発言する位有名で大阪市内のマンション業者を相手に次々に嫌がらせの訴訟を提起しては敗訴するのでマンションゴロとしての悪名は大阪一帯に知れ渡っている。猜疑心,ひねくれ根性,いやがらせ屋,非強調性の性格と思考力,単純で軽率,それに感情の起伏が激しくその感情を害したものには理非を問わず徹底的に非難攻撃する直情径行型の人物である…」「全く根拠がないのに…を山窩の出身であると断定したうえ昔からこの山窩は人里はなれた深山の中を転々として流浪し,狩猟や竹細工を家業として生活していた。西欧のジプシーと同様で一定の土地に定着せず流浪のため収入不安定と貧困の末,山麓の村落の田畑を荒したり,家畜を盗んだりする外,追いはぎや押込強盗をする者が多く,粗暴性を発揮するので村人達から山賊同様にみられていた」「…彼等仲間の山窩以外の者とは交際せず,秘密厳守で口が固くなり,そして必ず人を疑うことが日常生活の信条となり,かつ,猜疑心が強くなりそれが習性化されるに至った。一般社会との融和性,強調性を欠くのは当然のことで,とくにひがみ根性,嘘をつくことは,その猜疑心と共に山窩特有の性格が形成されるに至った」「…一族は村人達との折合が悪く他処から流れ者として相手にする者がないので孤独な生活をつづけていたが祖父が死亡し,父が当主となるや融和性,強調性がなく,ひがみ根性が強い性格から同部落で仕事がなくなり,北九州やその他の各地に出稼ぎに行き,年数回妻子の許に帰る程度であった」「…は同地で成長したが,山窩特有の猜疑心,ひがみ根性,非協調性,反権力的思想はその家庭生活の中で培われたものである」
大阪高等裁判所昭和58年(ネ)第2261号、昭和59年(ネ)第359号(不法行為肯定 相当性なし)
判旨: 相応の根拠もないままに、訴訟遂行上の必要性も超えて、相手方及びその訴訟代理人を犯罪者であると断定強調し、これを執拗に繰り返したものであって、その表現内容、方法、主張態様は著しく不適切であり、これにより被控訴人らの名誉は著しく害されたというべきであるから、それは、もはや正当な弁論活動の範囲を逸脱したものとして、違法性を阻却されない
大阪地方裁判所昭和56年(ワ)第5159号(不法行為肯定 相当性なし)
「…並びに弁護士…は,本件土地をその所有者である被告等から横領することを企て,その実行を共謀した。右共謀者等は,同年二月及び三月頃二回にわたり共謀者の一人である右訴外…を被告等のもとに派遣して,被告等の主張及び手持ち証拠等をつぶさに調査した上,本件土地について速やかに所有権移転登記手続に応じてもらいたいとの被告等の請求を無視して,本件土地にかかる売買予約契約を締結し,これに基づく本件仮登記を行なつて本件土地に対する横領行為を開始した」
「…以下五名が,右横領行為の正犯であることはいうまでもない。しかし,原告代表者,並びに前記弁護士両名も又共謀共同正犯理論により,右横領行為の正犯である。もし仮りに正犯でないとしても,同人等は教唆犯兼幇助犯であり,その犯情はむしろ…以下五名よりも遥かに悪辣である」
「…以下五名は売買代金を取得できず(すなわち原告とその弁護士の甘言に躍らされて犯罪的訴訟の当事者及び証人にならされただけの徒労に終り),原告のみが隣地に住む被告等から強引に本件土地を奪取するという結果になるであろう」
「原告等の本訴請求は,民法一七七条及び訴訟制度を悪用して本件土地に対する被告等の所有権を横領行為により奪取しようとする原告代表者,その取巻き連中,及び原告代理人等(いずれも横領行為の共謀共同正犯者又は教唆犯者もしくは従犯者に該当する)の悪質な試みに外ならず…」
「阪本弁護士が,末尾に写しを添付する関連事件の準備書面で原告等が主張している趣旨での本件土地にかかる横領行為の共謀共同正犯者又は教唆犯者であり…」
判旨:表現内容・方法を顧みるに、もともと、二重売買における背信的悪意者あるいは公序良俗違反の主張といえども、他の主張と同様、具体的事実を摘示して主張すれば足りるのであるが、事柄の性質上、ある程度相手方の名誉感情等を害する事実が指摘表現されることはやむを得ないといえようが、刑事裁判により当該事実との関係で有罪判決を受けている場合ならともかくとして、これを超えて、相手方を違法行為による犯罪者とまで断定して主張しなけれはその目的を達しないというものでもないことは自明のことであるところ、被告川井の本件主張の表現内容、方法は、背信的悪意者性あるいは公序良俗違反性を基礎づける具体的事実の主張ではなく、原告らが横領罪という刑事犯罪者であると断定強調するといつた著しく適切さを欠くものであり、ことに、原告らは、山川幹夫らの先代との間の本件土地売買の存在を争い、同山川らと銀装との本件土地売買が横領の犯罪行為を構成しない旨自らの根拠をひれきして反論しており、しかも、証拠上、原告らが横領行為の犯罪者であること一見明白とはいえない本件において、相手方訴訟代理人たる弁護士が訴訟当事者と共謀し横領の目的で二重譲渡をなし、もつて犯罪行為を犯したと断定することは、被告川井が法律専門家たる弁護士であることを考慮すると、二重譲渡当事者の背信的悪意者性あるいは公序良俗違反性の背景事実の主張としても慎重さを欠いた極めて不適当な表現といわざるを得ない。しかもその主張の態様は第一訴訟の和解手続中に、担当裁判官から背信的悪意者性の主張立証の薄弱さを指摘されるや、突如として本件主張をなし、第一、第二訴訟を通し、原告らの抗議にもかかわらず数回にわたつて執拗に繰返しなされており、非常識なものといわざるを得ない。そして、前認定のような第一及び第二訴訟の経過の中で、反社会的な犯罪者であると断定された原告らの主観的な名誉感情の侵害の程度が著しいことをも併せ考えると、被告川井のこれら一連の本件主張行為は、もはや法廷における弁論活動としての内在的制約を超え社会的に許される限度を逸脱した違法な行為であり、その違法性を阻却しない
東京地方裁判所昭和56年(ワ)第6704号(不法行為否定 相当性あり)
「催促というよりもむしろ強要に近い」
「原告は街の不動産屋であり」
「(原告が報酬を請求するなどというのは)非常識きわまりない」「原告の行為(訴提起行為を含めて)は宅地建物取引業の免許の取消事由(例えば、宅地建物取引業法六六条九号)ないしは業務停止事由(例えば、同法六五条二項一号同法四七条二号等)に該当するおそれすらある」
神戸地方裁判所昭和55年(ワ)第618号(不法行為否定 相当性あり)
「虚偽文書を作成した」「隠匿又は廃棄させたと推認するほかない」「私利私欲に捉われ,無理難題をふきかけている」
判旨:故意に,粗暴な言辞を弄して,相手方を著しく中傷誹謗するものでない限り,名誉毀損にはならない(違法性がない)
千葉地方裁判所館山支部昭和39年(ワ)第32号(不法行為肯定 真実性なし,相当性なし)
「この家は控訴人自身とは関係なく…弁護士自身が争うておるのである」「なぜ弁護士がこの家をこのようにしつこく争うかというと,この家そのものは重要でなく,本件家屋の北側のためである」「ただ代理人の弁護士がこれをこじらせて弁護士自体の事件にしてしまって,このように紛糾せしめておるのである。こんなヒドイ訴訟は類例がなく」「(本件家屋を)控訴人はすてゝかえりみず,ただ弁護士のための訴訟で,仮執行の必要大である」
「弁護士と…とは満八年間仮処分事件で刑事訴追をうけ裁判を受けており,弁護士は無罪となった両者の関係である」
「…民事訴訟となり,ついで…は弁護士と…を相手として不動産窃盗,執行吏占有中の建物の毀棄で告訴しており,逆告訴が行われて,近く何らかの処置がされる段かいに来ている」
「控訴人…と…弁護士は本件事件についても高度の法律知識を使い,法律の裏をかくあらゆる途を講ずる処置をしておる」
「別件仮処分事件で証拠を偽造したということで右二名が刑事被告人となり,満八年刑事裁判をうけ,…弁護士は偽証教唆が無罪となったが,…は有罪である。千葉県下の新聞に大々的に報導されたので原告一家の心痛甚大で,万全の処置を代理人もとらざるを得なかった」
「本件事案についても本件家屋を仮処分をして占有を執行吏に移しながら,これを解体して新築したので告訴事件になっておる。八年前の大事件の関係もあり,検察庁もまだ処置していない」
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これらの裁判例の概観から,訴訟行為が不法行為になってしまうポイントが抽出できる。
すなわち,①故意に虚偽の事実を主張すると,そのことが虚偽と立証された場合に,不法行為責任を負う可能性が高い。②当該訴訟に無関係の事実について虚偽か真実かに拘らず,相手方の人格をもっぱら非難攻撃するために主張すると,その表現の程度次第では不法行為になる可能性が高い。③訴訟に関連する事実については,かなり刺激的な表現をとっても,相当性があると判断される可能性が高い。
一般論としては,東京高等裁判所平成9年(ネ)第2459号の判旨がわかりやすく記述してあるので参考にされたい。