カテゴリー: 労働問題

  • 転職・引抜き

     会社が成長する過程で、社内の人材が育ってくるとどうしても避けられないのが、同じ業界内での独立転職、同業者からの引き抜きです。

     競争が激化する中、会社の経営方針や待遇に不満をもつ従業員が、取引先や同僚を引き連れて、同一業界内で競争会社を立ち上げることはそれほど珍しいことではありません。のれん分けができる事業であればともかく、そうでなければ、独立・転職を希望する人材に対しては、待遇を見直すほか有効な手立てはありません。一方で、あまりにも強引な従業員の引き抜きについては、そのことによって生じた会社の損害を、相手から回収したいという要求は自然なことです。

     引き抜きが不法行為であるかどうか争われた裁判例は非常に多くあります。そのうちの一つの事件(東京地裁平成3年2月25日判決 ラクソン事件)を紹介します。
     X社は英会話教室を経営しており、Y1は同社の取締役営業本部長、Y2は英語教材販売会社です。Y1はX社内の約8割の売り上げを上げるまでに活躍していましたが、他の事業部の赤字のためにX社全体の業績は上がらず、自分への待遇も営業成績に見合ったものではないと感じるようになっていました。そこで、Y1はXを退職した後、X取引先のY2と接触し、Xにいる自分の元部下を引き抜いて、Y2傘下で新事業部を立ち上げようと考えました。
     Y1・Y2はXに秘密で、慰安旅行だと言ってY1の元部下らを温泉地のホテルへ連れ出し、Xが倒産するかもしれないという情報を伝えてY2への移籍を説得し、その結果、その翌日には21名のX社員がY2の新事務所に集合し、直ぐに営業を始めました。
     この事件の起こる前のXの売り上げは月間5000万円ほどありましたが、事件後は月間1200万円に落ち込みました。
     そこで、Xは、Y1の取締役の忠実義務違反、債務不履行、不法行為に基づく損害賠償、Y2の不法行為に基づく損害賠償の請求をする裁判を起こしました。

     裁判所は、次のように述べています。
    「個人の転職の自由は最大限に保障されなければならないから、従業員の引抜行為のうち単なる転職の勧誘に止まるものは違法とはいえず」「その引抜きが単なる転職勧誘の域を超え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合には、それを実行した会社の幹部従業員は雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、債務不履行あるいは不法行為責任を負う」「社会的相当性を逸脱した引抜行為であるか否かは、転職する従業員のその会社に占める地位、会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)等諸般の事情を総合考慮して判断する」。

     結局、裁判所は、Yらの行為が不法行為に該当すると判断しました。

     しかし、XがYらに1億円余りを請求したのに対して、裁判所は、次のように述べ、大幅に減額して、870万円分しか認めていません。
    従業員には退職・転職の自由が認められているから、従業員の自由な意思による退職・転職に伴ってXに発生する損害については、Xが甘受し、その従業員にその賠償を請求することができないのが原則である。」「Xの業種にあっては、必要とするマネージャー、セールスマンは特殊の技能が要求されるものではないから、代替人材の補充、従前の営業体制の回復にさほどの期間を要するものと認めることはできない。」「Y1の個人的寄与による業績に対応する部分は、相当因果関係がない」「もともとセールスマンの定着性が高い業界ではなく、条件次第で同種企業間を移動する傾向が強いうえ、当時Xの経営状態は必ずしも良好でなく、マネージャーらへの給料の支払が遅滞することもあったから、本件引抜行為がなかったとしても、本件のマネージャー、セールスマンらが継続して原告に在籍していたという保証もない。」「以上の諸事情を考慮すると、本件引抜行為によりXに生じた損害のうち、相当因果関係にあると認められるのは、期間として一か月分に限るのが相当であり、それからY1の個人的寄与五割を控除した残余の部分といわねばならない。 」

     要するに、抜けた人材が稼いでいた分は、その人が抜ければ稼げなくなるんだから、損害にならないし、減った人は直ぐに補充すればいいから1か月分しか損害は認めないよということです。

     大量に抜けた営業社員をわずか1か月で補充して、損害を回復せよという裁判所の認識は、多くの会社にとって、非常に厳しい見方ではないでしょうか。
     裁判所というところは、現実社会に対してずいぶんとズレた判断をすることがあるので、弁護士としては、こういう厳しい判決をもらうことも予測に含めておかなければなりません。
     「想定外」が流行った昨今ですが、多くの法的紛争の結末は「想定内」です。

     結論として、大量引抜きの場合の被害を完全に回復することはかなり難しいので、トラブルになる前に、待遇改善や引抜き対策を練っておく必要があります。

  • 解雇無効となった場合の賃金支払

     解雇については、前回分までの解説でおおむね説明しました。

     今回は、万一、解雇が裁判で無効とされた場合に、解雇以後の賃金の支払いはどうなるかという話です。

     一般的に、解雇無効の裁判が確定した後であっても、円満に職場復帰することはほとんどありません。
     円満復職の場合は、過去分の未払給与についても当事者同士で協議できるので大きな問題になりませんが、そうでない場合には、最終的に退職するとして、係争中の未払給与額の支払いや、地位保全仮処分による仮払額の清算が問題になります。使用者側からすれば、実際に働いていないのに給与を払う必要があるのか、係争中に別のアルバイトで稼いでいた分は控除してもいいのではないか、等の疑問があり、他方、労働者側からすれば、解雇が無効なのだから、働いたのと同じ扱いをしてほしいという要求がありますので、双方の利害を調整する必要があります。

     この点が争われた著名最高裁判例が二つあります(最高裁昭和37年7月20日判決・全駐労小倉支部山田分会事件、最高裁昭和62年4月2日判決・あけぼのタクシー事件)。
     この二つの判決から導かれる結論は、

      1.  副業的なものであって、解雇の有無にかかわらず得られたであろう収入以外の収入があるときは、元の勤務先が払う平均賃金額から4割まで控除できる。
      2.  平均賃金算定の基礎にならない部分からは全額を控除できる。
      3.  控除対象になるのは、解雇期間中に得られた収入に限る。

    というものです

     例えば、

     解雇後合意退職までの係争期間が1年間で、元の勤務先の平均賃金が月10万円、解雇期間中に対象者が働いていた別の勤務先の賃金が月5万円であった場合、10万円のうちの4割(4万円)まで控除できるので、元の勤務先は月6万円の1年分72万円を支払うことになります(0円とか、10万円-5万円の1年分=60万円では済みませんが、10万円1年分=120万円を払う必要はありません)。
     別の勤務先の賃金が月3万円だった場合は、3万円控除して月7万円の1年分84万円を支払うことになります(6万円1年分=72万円では済みません)。
     もし別の勤務先からの月収3万円が、副業的なものであり、解雇の有無にかかわらず得られていたものであれば、控除はできません(10万円1年分=120万円を払う必要があります)。

     平均賃金算定の基礎にならない部分としては、賞与(3か月を超える期間ごとに払われる臨時給)が代表例です。 
     先ほどの別の勤務先での月収5万円の事例で、解雇期間中に元勤務先で20万円の賞与が出ていれば、平均賃金部分から控除できなかった月1万円1年分=12万円をそこから控除できますので、賞与としては8万円を払えば済みます(つまり、合計で80万円(72万円+8万円)を払えばよい。140万円(120万円+20万円)のうち6割(84万円)ではない)。また、別勤務先からも賞与20万円が出ていれば、元勤務先での賞与の未控除部分8万円まで控除できるので、72万円の支払いで済みます。

     解雇が争われた裁判で、使用者側が敗訴した場合、以上のような計算に基づく清算をしなければならないのですが、解雇無効と裁判所に判断されてしまった後の交渉は、使用者側にとっては、大きなハンデを負わされた状態です。
     もし、保全処分に基づく仮払いが計算上過払いになっていたとしても、その立証や請求・回収にはかなりの労力が必要になってしまいます。
     いずれにしろ、トラブルの根源は、無効になってしまうような解雇のやり方をしてしまったことにあります。

     そうならないように、事前にきちんとリーガルチェックを受けることが大事だと思います。

  • いわゆる雇い止めと無期転換申込について

     前回は期間を定めない労働契約の場合の企業側からの解消(解雇)について説明しました。
     今回は、期間を定めた「有期契約」の解消(雇止め、更新拒否)についてです。
     「期間工」とか「臨時工」といって、工場などで一定の繁忙期ごとに期間を区切って雇い入れる例が典型ですが、工場でなくても、事務職員や雑役のためのパート・アルバイトの採用に当たって、有期契約で雇い入れれば、社内の呼び名がいわゆる「正社員」であれ、「契約社員」であれ「パート」であれ、すべて同様の問題になります。
     従前、労働基準法では、原則長期3年を超える有期契約は認めていませんが、短期は、必要以上に細切れにならないように求める指針があるだけです。そもそも、長期の拘束が前近代的な奴隷労働につながることを危惧して、長期契約を制限したのですが、現代では、むしろいかにして長期安定雇用を守るかが労使ともに目標課題になっている感があります。

     労働契約法のうち、有期雇用については、平成24年8月に改正があり、平成25年4月1日から有期転換申込の制度が施行されています。
     有期雇用の場合の更新拒否・雇い止めに解雇権濫用法理の適用がないことは改正法のもとでも原則論です。
     例外として無期転換申込が適用される労働者は、期間を定めて雇用し、更新を繰り返して通算5年超雇用されていた労働者です(ただし、大学等の研究者、期間限定専門職、定年後の継続雇用等の例外があります)。
     通算5年の反復更新期間をカウントするスタートは、平成25年4月1日以降に更新された契約の始期です。従って、平成24年12月1日に6か月と定めて短期雇用した人については、平成25年6月1日の更新から5年がカウントされます(平成24年12月1日からではありません)。
     5年を経過してから更新する場合には、労働者のほうから「無期転換の申込」をするかどうかを選択出来ます。事業者が労働者の意思に反して一方的に無期に転換することができるわけではありません。
     たとえば、先ほどの半年契約の労働者の例でいうと、平成25年6月1日から5年を経過するのは平成30年6月1日ですが、同年5月末日終了の契約の始め(平成29年12月1日)から平成30年5月末までの間に、期間の定めのない労働契約に変更するよう、使用者に対して申し込みをすることができます。
     労働者から無期転換申し込みがあったときは、事業者はこれを拒否できません。しかし、期間以外の労働条件(職種、勤務地、賃金、労働時間など)は、従来のままでもよく、変更の要求に応じる義務まではありません(他方、労働者の側からの期間以外の条件変更要求が禁止されているわけでもありません)。
     「通算」5年ですので、途中に空白期間があるときにはそこで中断されて、再雇用のときからカウントを積算します。どの程度の期間が空けば空白とみなされるかは、省令で細かく定義されています。

     雇止め法理と不合理な労働条件の禁止については、厚生労働省作成のパンフレットにも書かれた二つの最高裁判例やその他の裁判例がベースです。改正法の内容も、結局は「社会通念」とか「合理的理由」といった、解釈の幅の広い概念によって規定されていますので、実際の紛争になったときには、ケースバイケースの判断とならざるを得ません。
     なお、労働契約法の改正に伴って、短期雇用者に対して更新条件を通知しなければならなくなったので、労働条件通知書のモデル書式にも変更がありました。

     ちなみに、上記の法律改正にあたっては、労使双方から様々な意見があり、例えば、5年を超えて更新しないこと(1年契約として3年目で雇止めしてしまう例)が常態になってしまって、かえって短期雇用が増えるのではないか、あるいはせっかく5年を超えて契約期間が無期限になっても、正社員並労働条件に変更されないのでは、就業環境の悪化を固定化させてしまうのではないか、等と言われていました。改正法施行から1年以上経過したので、ほとんどの短期雇用者が今後改正法の適用を受ける立場にあろうかと思われます。今後、改正時に懸念された問題が現実になるのかどうか、注意を払う必要があるかもしれません。

     どんなに法律が変わっても、会社が従業員を大事にするかどうかによって、労働環境はまったく違ったものになり、結局は、裁判所で個別の事案事に争われていくという構図には変わりが無いように思います。
     会社と従業員が共存して繁栄していくWinWinの関係が成り立つように、経営者も労働者も立場の違いを理解し合って、事業の発展に勤めて収益を上げていくことが望ましい道筋ではありますが、現実問題としては、これからも難しい課題が存在し続けることは間違いありません。
     少なくとも経営者としては、法律の遵守が最低条件ですから、労働契約関係の法律改正や厚生労働省指針等に十分に留意した労務管理を行うことが必要です。