カテゴリー: 債務問題

  • 公正証書とは

    1 公正証書とは
     「公正証書」という言葉をご存じでしょうか。
     これは,公証役場というところで,公証人が作成する文書です。「公証人」は法務局に所属する特殊な公務員です。公正証書を作ったりする手数料だけが収入であり,国からの給与は出ていません。これに似たような立場としては,裁判所に所属する「執行官(=不動産や動産の強制執行を実施する人)」があります。退官した裁判官や検察官などが公証人になっているケースが大半です。

     公正証書には,一般市民が作成する文書(「私証書」といいます)と違う特別の法的効力が認められる場合があります。その効力のうちもっとも強力なのは,「執行力」です。

    2 執行力とは
     「執行力」とは,強制執行ができる効力のことです。
     原則として,裁判所の判決があって初めて,不動産や預金,売掛金などの債務者の財産を差し押さえることができます。
     しかし,「公正証書」のなかに,「執行認諾文言(強制執行をされても差し支えない旨の文章」が入っていれば,裁判所に訴えを起こさなくてもすぐに強制執行が出来ます。一般に裁判手続は半年から1年くらいかかりますので,その時間を短縮できるのは大きなメリットです。
     ただ,公正証書をつくるためには,原則として当事者の両方が,公証役場に出頭しなければなりません。代理人を立てることもできますが,その場合には,公正証書にしようとする文書と割り印をした委任状に本人の実印を押捺し,印鑑証明を添付する必要があります。
     このようなことから,少なくとも相手方の協力が必要になるので,ある程度の信頼関係があるうちに作成しておくのがよいでしょう。相手の協力が得られない紛争継続局面では,公正証書を作ることが困難です。

    3 公正証書の実例
     よくあるケースは,「債務弁済公正証書」です。これは,一定の債務(貸金だったり,売掛金だったりします)がある場合に,その内容や返済方法,違約条件などを文書化するものです。執行認諾文言を付けて,いつでも強制執行できるようにします。
     他には,「協議離婚の公正証書」もあります。これは協議離婚に当たって,子どもの養育費や財産分与,慰謝料などの取り決めをした場合に,その内容でいつでも強制執行できるように作成します。
     ただし,注意しなければならないのは,強制執行できるのは「金銭の取り立て」だけなので,例えば「子どもの引き渡し」とか「分与財産(例えば自動車,不動産など)の引き渡し」とか「賃貸借解除後の建物明渡」などは,別途裁判を起こさなければ,公正証書だけでの執行はできません。
     賃貸借契約なども公正証書にすることがありますが,解約したのに退去しない場合でも,明渡の執行はできないことに注意する必要があります(金銭の取り立てしかできません)。賃貸借契約のトラブルに関して合意をする場合には、簡易裁判所の「訴え提起前の和解」を利用することが便利です。これなら当事者合意だけで、債務名義が作れますので、建物明渡の強制執行も可能です。

     ちなみに,公正証書を作成するためには,公証人に一定の手数料を支払う必要があります。さほど高額ではありません。やりたいことが決まっていれば、書き方の相談は無料でやってもらえるので、気軽に相談できます。

     しかし、もめ事の内容が複雑だったり、まだどうするか細部が決まっていないようなときには、公証役場では十分な対応は期待できませんので、先に弁護士へ相談してから内容を決めておいたほうが、公正証書作成までスムーズに進めます。

  • 企業取引契約への法律適用

    1 外国との取引で最低限決めるべきこと
     商売上の取引はすべて契約法が支配します。そして,契約は,最終的には法律の強制力によって守らせることができるからこそ,意味があるものです。
     日本国内の契約では、ほぼ例外なく日本法を適用し、日本の裁判所で審理されることを前提に考えておけば足ります。
     国際間契約書では,戦争や国交断絶に至るまで,様々な突発事故を考慮した細かい規定が定められることがありますが,日本国内の契約実務では,大きな柱は立てるものの,細部は「信義誠実に基づいて協議する」条項で広くカバーし,問題が起こったときに話し合って決めればよいという発想が、いまだに主流です(本来これでは契約書の意味を成さないのですけど、慣用的にまあよしとしてしまっています)。

     外国との取引では,国内企業同士の取引の場合と違って,決めておくことが望ましい大切な二つの事があります。それは,「準拠法」と「管轄」です。管轄は国内企業同士の場合にも重要です。
     準拠法とは,その契約にどこの国の法律を適用するかという問題です。準拠法は第三国法でもよいのですが,双方が他国の法律に準拠すると,法令調査がたいへんだという問題もあります。法律の内容によっては,日本の裁判所で適用されない条項もあり得ますので,出来れば,日本法を選択したいところです。
     次に管轄とは,その契約に基づく紛争が生じたときにどこの裁判所で解決をするかという問題です。これも準拠法とは別に,当事者が合意により決めることができます。国際取引の場合には,裁判管轄のほかに,商事仲裁機関を紛争処理における第一次専属管轄とする例も多くあります。例えば,中国には,中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)があり,日本では一般社団法人日本商事仲裁協会があります。

    2 特に国際売買取引について
     国際物品売買契約に関する国連条約(CISG 通称ウイーン売買条約)を日本が批准したことにより,2009年8月1日以降の国際売買取引に適用されることになりました。これ以前は,準拠法を定めない場合には,それぞれの当事国の法解釈により,どの法律を適用するかを決めていましたが,この条約適用後は,当事者間で別の合意をしていない限り,この条約が適用されることになります。なお,これはあくまでも売買契約が対象であり,運送契約や請負契約等には適用されません。

    3 準拠法を決めなかった場合
     準拠法や管轄裁判所を全く決めていなかった場合にどうなるかについて説明します。
     準拠法を決めていなかった場合には,まず自国の法律が適用されるかどうかを検討します。その場合の基準になるのは,平成18年までの契約であれば「法例」,平成19年以降であれば「法の適用に関する通則法」です。その内容には微妙な違いがあるので,いつの時期の契約なのかによっては解釈が違ってくる可能性があります。
     準拠法が決まれば,裁判管轄についてもその準拠法の定めにより決まります。
     裁判管轄はあるが,相手が外国会社であるという場合には,日本の裁判所へ提訴できますが,その際には,相手国の言語による訳文を添付して提訴し,相手国政府を通じたルートで相手に届けることになります。これにはかなり時間が掛かることもあると言われております。たいていの場合には日本に支店があることが多いでしょうから、あまりこのようなケースはないかもしれません(私は未だやったことがありません)。
     日本に管轄がない場合には,相手国の裁判所への直接提訴ということになります。その場合,相手国裁判所では,自国法に基づいて管轄権の有無を判断し,管轄がないと判断して却下することもあり得ます。また,準拠法に関する相手方からの異議により,改めて準拠法と管轄が問題となる可能性もあります。
     このように,準拠法や管轄を決めておかないと,内容の判断に入るまでに,門前で無益なやりとりを延々と続けなければならない羽目になりますので,注意が必要です。

  • 売掛金回収の基礎

    例によって使い回しですが、今回は,売掛金の回収の法的基礎知識についてのレポートです。

     事例:A社はB社に対して1000万円の売掛金がありますが,期限から半年を過ぎてもまだ回収できません。他方,B社はC社に500万円の売掛金がありますが,C社はA社と協力関係にあるので,A社の要請で,B社への支払を保留するつもりです。このような状況で,A社はB社に対する債権をどのようにして回収すればよいでしょうか。

    1 売掛金の基礎知識
     「売掛金」は,「売買」を発生原因とする「債権」です。A社・B社間の商売上の債権ですので「商事債権」といいます。また,金銭の支払いを目的としているので種類は「金銭債権」です(金銭でない債権もあります 例:労務請求権,物の給付請求権など)。
     金銭債権は譲渡できます。譲渡を禁止するには当事者同士で「譲渡禁止」の合意が必要です。
     債権には必ず「履行期・弁済期(=支払期限)」があり,それを過ぎると,金銭債権については特段の約定がなくても「遅延損害金」を付けて請求できます。履行期を定めないときは,いつでも請求できます。
     遅延損害金利率は,あらかじめ取り決めがあればそれにより,取り決めがなければ,商法が定める「年6パーセント(商事法定利率)」になります。また,あまり知られていませんが,この利息・遅延損害金は1年分を超えると,元本に組み入れることができます(「法定重利」といいます)。つまり,1年ごとに利息に利息が付くことになります。
     ただし,売掛金の消滅時効は,弁済期から2年という制約があるので,必ず2年以内に時効の中断をしなければなりません(種類によっては1年と見るべきものもあります)。

    2 時効に関する基礎知識
     ここでいろいろと誤解の多い消滅時効の中断制度についても触れておきます。
     「毎月請求書を発行していて,相手も受領しているから時効にはかかりませんよね」という質問を受けますが,残念ながら,日本法のもとでは,単なる請求だけでは時効中断されません。これは注意してください。
     もっとも簡単な時効中断は,請求の一部でも相手に任意に払ってもらうか、債務があることを自認してもらうことです。これを「債務の承認」といい,これにより時効はその払った時点から新しく起算されます。支払を受けなくても,相手から「債務承認書」を受領すれば,これも「債務承認」になります。
     相手が一部たりとも支払わず,債務承認もしない場合には,時効期間が満了するまでに,まず「催告」をします。これは口頭でもよいのですが,後日争いになったときに備えて,証拠とするために,通常は「配達証明付き内容証明郵便」で通知します。
     この「催告」は,相手が通知を受け取ったときに効力を生じるため,時効間際では相手に届くまでの時間ロスを生じる危険があり,あまり直前になってからではまずい結果になります。しかし,催告の効力発生の日から6ヶ月以内に「支払督促,調停,訴訟,仮差押,差押」のいずれかを裁判所に提起しなければ,時効中断の効果がないので,あまり催告が早すぎても、時効の点に関しては意味がありません。

    3 いろいろな回収手段
     本題に戻ります。上記の事例では,次のようないくつかの債権回収手段が考えられます。
    ①B社に対する提訴,B社資産の仮差押
    ②C社に対する債権譲渡
    ③第三者に対する債権譲渡

    (1)提訴,仮差押
     もっとも直接的なのは,B社に対する売掛金請求の訴訟を起こすことです。請求が認められれば,裁判所の判決に基づいて,B社の財産を差し押さえて回収することができます。ただし,B社の資産が豊富であれば問題ないのですが,本件のようなケースでは,B社がC社に対して有する売掛金債権がほぼ唯一の財産であることが多いかもしれません。
     そうなると,判決を取るまでに時間がかかれば,B社はC社から取り立ててしまうかもしれません。C社も,支払期限を過ぎていれば拒否する理由がありません。これを事前に防ぐためにするのが「仮差押」です。
     なぜ「仮」なのかというと,まだ裁判の結論が出ていない段階だからです。仮差押の申立時には,債権者側で担保(保証金)を用意する必要があります(一般には請求債権額の2割程度と言われています)。裁判の結論である判決に「執行文」を付ければ,それで強制執行(「本差押」といいます)ができます。
     仮差押になった債権は,弁済が禁止されます。その場合,C社としては法務局に債務相当額を預ける「権利供託」ができます。A社が勝訴すれば,判決に基づいて本差押をするか,和解に基づいて供託金の還付請求をします。
     差押対象の債権の存在が他の債権者にも知られている場合には,複数の債権者が同じ債権を差し押さえるケース(競合)があります。その場合には,C社は必ず供託しなければなりません(義務供託)。競合した場合には,債権額の比率に応じた按分での配当になりますので,取り分が減ることがあります。

    (2)債権譲渡+相殺
     C社との信頼関係があるので,これをうまく使うには債権譲渡が適しています。
     つまり,A社がB社に対して持っている債権のうち500万円をC社に譲渡し,C社はこの債権とB社に対する500万円の債務とを「相殺」すればよいわけです。
     ただし,この方法は,①債権譲渡が禁止されていないこと,②譲渡の事実をB社に通知すること,③譲り受けて相殺に提供しようとする債権(「自働債権」といいます)が弁済期にあること,④相殺をB社に通知すること,の要件が必要です。
     また,B社が破綻寸前で,今にも倒産しそうだという時期に,そのことを知って,A社から譲り受けた債権で相殺すると,後日,法的倒産手続(会社更生,破産,民事再生,特別清算、私的整理手続等)のなかで,不正な回収行為として問題になる可能性があるので,注意が必要です。

    (3)第三者への債権譲渡
     修正:サービサー(債権回収会社)の買取可能な債権は、法律で定められていて、平常時の売掛金は含まれないので、第三者への債権譲渡による回収は、中小零細企業にとっては、手形小切手債権以外では現実的でありません。平常債権の場合には、ファクタリング会社の取り扱いとなりますが、まれにしか発生しない回収リスクに対してコスト的に見合うかどうか問題です。

    4 日常の債権管理での注意点
     まず,請求の相手方はだれなのかを確認することが必要です。注文者と支払担当が違う場合には,必ずチェックして適正な受発注であるのかを確認しておくべきです。
     法的手続を考えると、請求相手の実在性も重要です。そのためには,会社であれば代表者事項証明,個人であれば免許証等の公的証明書で身元を確認しておくことが望ましいといえます(法的手続き上,相手の実在性が公的書類で確認できない場合には,「公示送達」や「特別代理人選任」などの特殊な手続きを経る必要が生じることもあり,債権回収のための時間と費用が増大します)。
     次に,滞納を放置しない頻回の請求が重要です。資金不足の債務者は,一般論として,しつこく訪ねてくる債権者には多少の無理をしてでも最初に支払います。朝8時前と夜8時以降の取り立てや,自宅や事務所に上がり込んでの長時間の取り立ては,恐喝・強要されたなどの口実を与えることになるので,短時間でも,頻繁に訪問するほうがよいです(場合によっては,債務承認書を作成させたり,問答の録音をしたりすることも有効な手段です)。
     最後は消滅時効に掛けないための適切な管理です。時期が来たらしっかりと催告状を出し,債務承認書の徴求や,支払督促等の法的手段をとる必要があります。

    以上