第1 はじめに
この法律は,下請代金の支払遅延等を防止して,親事業者の下請事業者に対する取引の公正をはかり,下請事業者の利益を保護することを目的にしています(1条)。法律の中で,親子概念が流用されているのはおもしろいですね。とても零細事業者に優しそうな印象の法律ですが,現実には親による子の虐待を防止するための法律という実態にあるといえるでしょう。
建築業の孫請けを除いて,ほとんどの下請事業者に適用されます(2条)。親事業者はすべて法人で,下請事業者との規模の差と委託する事業内容の違いで次のように規定されており,地方公共団体を除きます(2条7項)。
製造委託等下請
1号 資本金3億円を超える法人が,個人(資本金問いません)又は資本金3億円以下の法人を下請けとする場合
2号 資本金1000万円超3億円以下の法人が,個人又は資本金1000万円以下の法人を下請けとする場合
情報役務提供下請
3号 資本金5000万円を超える法人が,個人又は資本金5000万円以下の法人を下請けとする場合
4号 資本金1000万円超5000万円以下の法人が,個人又は資本金1000万円以下の法人を下請けとする場合
個人の場合は,規模要件がありませんので,資産規模が100億円にも及ぶような,とてつもなく巨大な個人事業(そんなものが実在するかどうか知りませんが)であっても,資本金50億円の法人との関係では「下請事業者」になります。
また,再委託による脱法行為を禁止するために,資本金1000万円超の法人から役員の任免や業務執行等について支配を受け製造委託等を受けている者が再委託をする場合には,元の親と再委託先との関係を比較して上記に当てはめて,親・下請関係を判定します。たとえば,親事業者の委託先が資本金300万円の有限会社であった場合,再委託先(孫請)との関係をみると2号要件に当てはまりませんが,この委託先が親事業者から支配を受けている場合には,親事業者と再委託先との関係を見て2号要件を判定するので,やはり再委託先も本法で保護されることになります。
第2 具体的な保護条項概説
1 下請代金の支払期日が短期に制限されています(2条の2)
給付・役務受領時から60日以内のできる限り短い期間内を支払日と定めて,その日までに払う必要があります。検査が完了していないことは支払留保の条件になりません。このような支払留保は一般の取引基本契約書中によくある条項ですが,親・下請関係にある事業者同士にあっては,当該条項が本条に違反して無効になりますので,注意してください。
もし,取引に当たって支払期日を定めなかった場合は,現実の給付・役務受領日が支払日となり,60日を超える期日を定めたときは現実の給付・役務受領日から60日目が支払日となります。
2 法定書面の交付義務があります(3条)
親事業者は,下請事業者に対して製造委託等をした場合には,直ちに(社会通念上即日が目安です),下請事業者の給付内容,下請代金の額,支払期日及び支払方法その他の事項を記載した法定書面を下請事業者に交付しなければなりません。ただし,正当な理由により,未定のまま発注しなければならない場合は,その事項の内容が定まり次第,直ちに当該事項を記載した書面を下請事業者に交付すれば足ります(3条1項 なお,電子受発注システム(EOS)によることも可能です 同条2項)。
3 親事業者には一定の遵守義務が課せられています(4条)
(1)親事業者は次のような行為をしてはなりません(4条1項)。
1号 受領拒否
下請事業者の責任がないのに,下請事業者の給付の受領を拒むこと(*製造委託等のみ適用)
2号 支払遅延
下請代金を支払期日が経過しても支払わないこと
3号 不当減額
下請事業者の責任がないのに,下請代金の額を減ずること
4号 不当返品
下請事業者の責任がないのに,一旦受領した物の引き取りを強要すること(*製造委託等のみ適用)
5号 買いたたき
通常支払われる対価に比べて,著しく低い下請代金の額を不当に定めること
6号 購買強要
自己の指定する物や役務を強制して購入・利用させること
ただし,下請事業者の給付内容を均質にしたり,改善を図るための必要がある場合など正当な理由があれば可
7号 報復行為
上記の行為を下請事業者が公正取引委員会又は中小企業庁長官に通報したことを理由に,取引停止等の不利益な取扱いをすること
なお,7号は,通報先が限定列挙されていますが,同条の趣旨から見て,マスコミや系列企業への情報提供であっても,それを理由として取引停止等をすることは違法となるものと解されます。
(2)また,親事業者は,次のような行為により,下請事業者の利益を害してはなりません(4条2項)
1項の場合は,規定された行為をすること自体が禁止されていますが,2項では,下請事業者の利益を害さない限度ではそのような行為をすることが認められるという違いがあります。
1号 早期決済
必要な原材料等を親事業者から購入させた場合に,下請事業者の責任がないのに,当該原材料等を使った給付に対する下請代金の支払期日よりも早い時期に,その原材料等の代金を支払わせたり下請代金から控除したりすること
商法の交互計算(529条)の仕組みを使っている場合にも,本法の適用があるときは,支払日に注意する必要があります。
2号 割引困難手形の交付
下請代金の支払につき,支払期日までに一般の金融機関での割引を受けることが困難な手形(サイトが繊維業で90日を超え,その他製造業で120日を超えるものなど)を交付すること
3号 不当な利益提供要求
親事業者が自己のために金銭,役務その他の経済上の利益を提供させること
4号 不当変更
下請事業者の責任がないのに,給付内容を変更させたり,給付受領後にやり直させたりすること
4 遅延利息の支払義務があります(4条の2)
遅延損害金の始期は民法412条に定められていますが,本法では,給付受領日から起算して60日を経過した日を起算日と定めています。利率は,公正取引委員会規則により,年14.6%と定められています。
なお,この利率を変更する特約が有効かどうか問題になりますが,本法は下請け事業者保護のための強行規定ですから,当事者間の合意により,この利率を超える下請事業者に有利な条項を定めることは問題ありませんが,逆に,特約でこの利率をさらに低くすることはできません。
5 書類作成・保存義務があります(5条)
親事業者は,公正取引委員会規則で定められているところに従って,下請代金の支払その他の事項について記載・記録した書類や電子ファイルを作成し,保管(2年間)しなければなりません。
第3 その他情報
1 相談窓口
本法の管轄官庁は,中小企業庁と公正取引委員会です。
経済産業省・中小企業庁事業環境部取引課
tel 03-3501-1669 fax 03-3501-6899
公正取引委員会近畿中国四国事務所下請課
〒540-0008 大阪市中央区大手前4-1-76
大阪合同庁舎第4号館 tel 06-6941-2176
このほか,大阪では,中小企業支援センターも相談窓口になっています。
2 罰則
残念ながら,罰則があるのは,法定書面不交付,不作成・虚偽作成(3条1項・5条・10条 50万円以下の罰金)と,報告・検査忌避(9条・11条 50万円以下の罰金)のみで,法人罰も割り増し罰金ではありません(12条)。
この意味では,手ぬるい感の否めない法律ではありますが,精一杯活用して参りましょう。