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  • 商標登録できる?できない?「言葉」

     商標登録は販売促進やサービスの周知にあたり有効なツールですが、なんでも登録出来るわけではありません。

     登録制限の一つに、一般的な名称や品質を表すだけの言葉は登録できないというルールがあります。これは考えてみれば当然のことで、例えば、携帯電話の会社が「携帯電話」を商標登録出来てしまうと、他の会社は、携帯電話を違う名前で売らなければならなくなってしまいますし、運送会社が「迅速」「安全」などを商標登録できてしまうと、他の会社はそのようなキャッチを使えなくなってしまいます。そのようなことを避けるために、どこの国でも一般的な普通名称や品質を意味する言葉は商標登録できないことになっています。

     では、実際に、どんな言葉が登録できないのか。実は、この質問に対して即答するのは相当難しいことです。

     世の中には有名になりすぎて、会社の名付けがそのまま一般名称になってしまった例があります。
     例えば、「正露丸(征露丸)」はもともと大幸薬品の登録商標でしたが、いまでは同様のクレオソート製剤が、多くの会社から「正露丸」として販売されています。
     「うどんすき」も発祥には諸説ありますが、いまでは普通名称とされています。
     また、もともと登録商標だったものが、一般化されてしまって、商標権者も商標を放棄してしまったものとして、「エスカレータ」「ホッチキス」「ホームシアター」などがあります。
     その他、「瓦そば」「柿の葉茶」「アールグレー」などが一般名称とされています。

     上記あたりであれば、私も知っていましたが、裁判例のなかには、「フロアタム(打楽器だそうです)」「カンショウ乳酸(薬品名だそうです)」などが一般名称だとされたものがあります。
     つまり、一般人なら誰でも知っているというほどの著名品でなくても、当該業界で広く一般使用されているのであれば、業界人以外は知らないという程度のものでも商標登録できない可能性があるということです。

     一方、過去に商標登録が認められた実例には「ミルクドーナツ」「美術年鑑」「ジューシー」などがあり、これらのほうがよほど一般名称なのではないかと思うのですが、登録当時はそれなりに商標登録による保護が相当だと判断されたのでしょう。

     外国語の商標も難しい面があります。裁判例では、「FLAVAN(ポリフェノールの一種)」が物の一般名称だという理由で、第32類(食品)での登録を拒否された例があります。
     日本人だから外国語は知らないでしょうという理屈も通らないということです。
    「国際商標」の場合には、もっと顕著になりますから、辞書に載っているような単語はそのままでは原則として登録できないと考えておく必要があります。

     最近では、シャープが出願・登録していた液晶の「IGZO」が無効になった例がありました。これも、素人には意外だったのではないでしょうか
     
     逆に、自社の商標が日本中や世界に広がって、一般名称化することは、皮肉な現象ながら、ある意味、事業者冥利に尽きると思います。これからどんな商標が普通名称化されそうか眺めてみるのもおもしろそうですね。

  • 役務提供と商標登録

     カタログ販売で有名な会社が、平成18年改正商標法前の平成4年に、カタログ販売を商標登録しようとしたのですが、平成7年に特許庁に拒否された事件がありました(普通はこんなには時間が掛かりませんが、後述のような特別事情がありました)。

     いまやネット通販には世界的な著名企業が多数登場していますが、20年ほど前には、インターネット上での販売はさほど一般的でなく、カタログの戸配と郵便・電話受付が主流でした。対面の販売をしない小売業の業態として、顧客との信頼関係を築くことが最重要だったカタログ販売会社が、その事業で使っている呼称を商標登録したいのは当然の発想です。

     ところが、当時、小売業は、その取扱商品の商標を取得して維持管理しなければならず、「役務(=個々の商品ではない商業的サービス全体)」としての商標登録が認められない状況でした。平成3年改正法ではじめて役務登録が認められるようになり、カタログ販売会社が、それまで事業で使っていた名称を登録しようとしたわけです。

     商標の分類は、ニース協定(1957年成立以後数次改訂あり)に基づいて、協定各国がこれに準拠して国内法を整備しているのですが、平成3年商法改正当時、WIPO(世界知的所有権機関)で進んでいたのが、小売業のサービスについて第35類での包括的な登録を認めて良いかどうかという議論でした。

     結論としては、「小売業のサービスはそのサービスそのものには対価が支払われず、商品の販売代金を受け取るだけであれば、サービスといいながら、商品を譲り渡すだけのことであって、サービス自体が取引の対象になっているのではない」という理屈で、第35類に小売サービスを含まない方向性が固まり、国内法の適用においても、小売サービスは商標法で保護すべき独立の「役務」ではないとされたわけです。

     このような結論には、専門家の間でも疑問が提示されていたのですが、同様の小売サービスについて、平成9年に第35類で登録申請した事業者も、平成11年に特許庁に登録拒絶されています。

     その後やはりニーズがあるということで、まず国際分類が改訂され、これにあわせて平成18年に第35類に小売サービスを含める商標法改正がされ、「便益の提供」と表現される項目が付け加えられました。

     理論的に突き詰めていくと、まだ問題は残っているのですが、実務的にはこれで一段落です。

     このように、一見、与えられた大前提として動かせないもののように思える国際協定や国内法などは、実務での必要に応じて、いくらでも変わる可能性があるものです。そして、それを後押しする材料として、却下を承知で法的論争に臨む戦略も場合により有効・必要かもしれません。他方、既成ルールを法体系に逆らって無秩序に変えてしまうと、他の場面での解釈との整合性が問題になって、全体の制度そのものを変えなければならなくなり、取引秩序が混乱するという面もあります。

     以上のようなことを考慮すると、事業者として、事業に支障がある行政の取扱を変えさせたいという場合、行政・立法に働き掛けて法制度を変えていくのか、それとも司法に訴えて、法理論的に取扱を変えるように個別に動いていくのか、どちらかを選択するような経営戦略を立てる局面は、法律家に助言を求める最適な場面であるといえると思います。

  • 商標登録の対象商品・役務の問題

    問題
     自社製品の楽器について取得している商標(ロゴ)をTシャツに印刷して、楽器店で楽器を買ってくれた人に無料で配って販促に使おうと考えています。ところが、同じようなロゴを使うTシャツがすでに他社から市販されていて、ロゴも「衣類」で商標登録されていました。当社のロゴは「衣類」について商標登録していないので、販促グッズとして、ロゴ入りTシャツを配布すると、Tシャツ会社の商標を侵害することになるのでしょうか(BOSS事件参照)。

    解説
     この問題を理解するために、商標が、どういう登録のしかたをされているのか知っておく必要があります。
     商標は、一定の商品や役務を対象として特定したうえで登録申請されています(法6条)。対象は国際基準に沿って、施行令で45種類に区分されていて、各区分には対象品目が詳細に列挙されています。楽器は第15類、Tシャツは25類に分類されています(2013年1月現在)。
     商標登録によって取得できるのは、独占的排他的利用権であり、専用権(独占)と使用禁止権(排他)があると言われています。
     では、Tシャツでの商標権がない場合、楽器会社はノベルティのTシャツにも自社ロゴを入れることができないのでしょうか。また、Tシャツ会社は、楽器会社が作った販促用のTシャツについて、商標権侵害を主張できるのでしょうか。

     問題のケースは実際に裁判で争われた事案で、専門家の間でも意見が分かれていますが、裁判所は、商標侵害ではないと判断しています。
     判断の要点は、商標が、対象商品や役務の「出所」をほかのものと混同させないようにして、商標権者が当該商標を通じて、商売上の信用を蓄積する目的があることをどの程度重く評価するかの点にあります。
     売り物ではなく、あくまでも購入者特典として無償サービスする場合や、宣伝広告のためにロゴ入りの生活用品を作りたいというような場合であれば、もともとの商標権の保護対象の範囲内とみてもいいように思えますが、他方、そのようなロゴ入り衣類が大量に出回ることになると、「BOSS」ブランドを巡って誤認混同を生じるおそれもあります。楽器会社のほうが比較的著名だった場合、Tシャツ会社の不利益はより大きくなりかねません。
     問題のケースでの裁判所の結論は、楽器店側(宣伝広告として商標を使う側)に有利な結果になっていますが、個別具体的な法的紛争の実情によっては、まだ争いの余地が多い論点といえます。

     商標出願にあたっては、一類型ごとに出願料、登録料が加算されるので、複数出願をするとコストも増えるのですが、上記の例のように、法律の分類を超えて事業展開をしていくことを考えて、複数類型への出願を検討する必要があることが理解できると思います。