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  • 民事裁判での請求・主張・立証

     裁判は、原告(請求する側)が、被告(請求される側)に対して、一定の法律的な権利・地位に基づく「請求」をし、そのために意味のある事実経過(要件事実といいます)を「主張」し、これを契約書や領収証等で「立証」するという方法で進行します(処分権主義)。

     その裏返しとして、裁判所は、原告が請求していない事項を判断してはいけないという制約を受けています(民事訴訟法246条)。このことは、すなわち、原告が「まちがって」請求を絞ってしまうと、本来判断してもらいたかったのと違う結果になってしまう危険があるということです。
     したがって、訴訟を起こす場合には、具体的に何を請求するのか、そのために何を主張しなければならないか、また、その主張をどうやって立証するのかをよく考えてから実行する必要があります。
     請求の間違い、主張・立証の不足による不利益は原告が負担するので、要件を満たさない提訴をすると敗訴してしまう危険性もあります。
     学部生の知識レベルでは、どのような法律の仕組みがあるのか十分理解していても、では、具体的に目的とする権利を実現するために、どのような請求を立て、事実を主張し、立証しなければならないのか(実務への応用)の点では、まだ訓練不足の状態にあります。法科大学院を卒業し、司法試験に受かった人がさらに長期間訓練をしなければならないのは、この実務応用力を鍛えるためです。
     
     「主張」は適切な時期にきちんとやっておく必要があります。もし、裁判が進んで、判決の間際になって、「新しい主張」をしようとすると、相手方から「時機に遅れた主張である(民事訴訟法157条)」という異議が述べられることがあります。訴訟の進行を遅延させる行為であると見られてしまえば、その「新しい主張」は、いくら正当なものであっても、制限される危険があります。

     ちなみに、前回話題にした商標法の不使用取消は、まず特許庁の「審判」を経て、次に裁判所の「訴訟」でその結果の当否が争われるという順番がありますが、商標法に「商標の使用を審判で証明しない限り取り消す(50条2項)」という規定があることから、審判で証明できなければ、裁判所で証明しても取消は免れないと解する見解もありました。議論はありますが、現在の最高裁見解は、裁判での主張・立証も認めるという方向性にあるようです。

     裁判は当事者の公平を図るために、厳しいルールで運営されていますが、あまりにも硬直化すると真実から遠ざかり、違法・不正を見逃してしまいかねないという問題があり、法律実務に携わる関係者は常に、ルールか真実かのきわどい選択を日々行っているといえるかもしれません。

  • 不使用取り消し

     前回は時効・除斥期間の話が出ましたが、今回は、商標権に特徴的な「不使用取消」についてです。
     商標権は、実際に使っていないものであっても、将来使おうと思っていれば、自由に登録することが可能です。そして、登録した商標であっても、それを使う義務はなく、登録したままで実際に使わずに塩漬けにすることもできます。

     このような制度下では、もとから使うつもりもないのに、将来有望になりそうな言葉やマークなどを手当たり次第に登録して、他の人がそれを使おうとしたときに、多額の移転料を請求するというような、悪用もされかねません。
     そういう事態は、インターネット上の住居表示である「URL」ではすでに発生していて、著名企業の名前を先取り登録して、URLの値段を釣り上げる悪質な手法が横行しています(もう過去形かな? 参照>スパムメール警告 ドメイン・レジストラ関連)。

     商標法では、登録したのに使わない商標について、3年間以上継続して使っていない登録商標については、それを使おうとするものからの「取消請求」ができます。それに対して、「いいえ、ちゃんと使っていますよ」という事実の立証責任は商標権者側にあるので、「ちゃんと使ってますよ、ほれこのとおり」と裁判所に説明できなければ、せっかく登録した商標も取り消されてしまうことになります。

     この点について、「では、どういう使い方をしてれば、『使いました』といえるのか」が裁判所での争いになっています。
     (1)デールカーネギー事件(印刷物の取消事例)、(2)マジック事件(化粧品の取消事例)、(3)パパジョンズ事件(ピザの取り消されなかった事例)が著名裁判例として指摘されています。
     (1)と(2)の例は、どれも商標の表示をしていた事案ですが、印刷物に関しては主に研修資料として配布していたもので、市場では取引されていなかったこと、化粧品に関しては、マジックという単独の商標ではなく組み合わせで使われていたことを理由として、「使われていない」と判断されてしまいました。(2)の例は、商標権者が第三者に通常使用権を設定しており、その使用権者が自己の判断でほかの言葉と組み合わせて使ってしまったことが災いしました。これは商標の使用許諾中にきちんと表示形態・条件を取り決めておくことの重要性を示唆します。
     (3)の例では、実際には店舗がなく、使用されてはいなかったものの、フランチャイズ展開のための代理店募集をずっとやってきており、その募集ではパンフレット等に商標を表示して配布していたことから、使わなかったことにやむを得ない特別の事情があるとされて、取り消し請求が認められませんでした。(3)のような特別の事情が認められるのはむしろまれなケースで、実際上は、裁判例でも、商標を使っていないのに取り消されなかったケースはほとんどありません。

     なお、特許庁の審決と裁判所での判決との関係については、実務的・学術的には大問題ですが、そこはむしろ弁護士が考えるべき問題なので、今回の解説は以上とします。

  • 商標登録に対する無効審査請求の除斥期間

     「時効」という言葉は日常会話で出てくるほど身近ですが、この仕組みを見直そうという動きは、常に各方面から提案されています。主な理由は、民事時効の場合、時間が経過したというだけで権利行使を認めないのは逃げ得になって不公平だという点や、刑事(公訴・告訴)時効の場合、犯人の逃げ得を許すべきでないという点等にあります。
     この流れを受けて、刑事時効の分野では、2005年に公訴時効が延長され、2010年にも再度延長され、殺人罪の公訴時効はなくなりました。その反面、民事時効については、ほとんど議論が停滞しており、最近の債権法改正法案によって、ようやく民事時効の法改正に道が開きかけている現状です。
     時効と同じく、一定の時の経過に法的な意味をもたらす制度に、「除斥期間」があります。
     これは、一定の期間経過で権利消滅する制度ですが、消滅時効と違って、途中で期間進行が止まる(中断・停止)ことはなく、権利行使ができない状態でも進行します。また、時効と違って、当事者が「援用(主張)」しなくても、裁判所は除斥期間の経過の有無を判断しなければなりません。
     民法で除斥期間とされているのは、不法行為のときから20年という期間制限(民法724条)などです。例えば、盗難被害にあって、事件のときから20年間経過したら、その後犯人が見つかっても、原則として損害賠償請求できないということになります。
     最高裁判所は、この除斥期間の性質を、ある程度ゆるやかに解釈することで、実際上の不都合をかろうじて回避しようとしています。たとえば、加害行為から20年以上の長期の潜伏期間を経て病気が現れるというケースで、除斥期間の開始時点を加害行為でなく、損害発生時点として、被害者の救済を図りました(鉱山じん肺訴訟、水俣病訴訟、肝炎訴訟など)。しかし、このような解決はもともと時間の経過ですべての問題を帳消しにしてしまおうとする法制度であったはずの除斥期間の存在意義を揺るがす結果になっていて、除斥期間は廃止していいという議論もあります。
     知的財産法の世界では、かつて、特許・実用新案・意匠の法律で、一定の期間経過後には登録に対する無効審査請求ができないという除斥期間が規定されていたのですが、現在では、除斥期間規定を有するのは商標法だけになっています(商標法47条 商標権の設定の登録の日から5年。ただし、不正目的登録や地域団体商標の周知性を争う場合の例外あり)。
     商標法の分野でも学者や実務家からの除斥期間批判は有力ではありますが、なぜかまだ残ったままになっているようです。